2003年8月


葉月初日(金) 「駅弁」

いきなり妙な質問で恐縮なのだが・・・・・・・・

          駅弁って好きですかぁ?

昨日から新コーナーとして「駅弁の世界」というのがスタートした。元々は「笑食の鉄人」の中に
航空会社の機内食との「比較研究」と題してUPしていたコーナーだったのだが、他のコーナー
UPで手一杯だったため、放置状態が続いていた。しかし、ここにきてまた深刻なネタ不足が
発生してしまい、「このままじゃヤバイ!」ってことで、慌ててリニューアルOPENしたワケである。

さて、その駅弁であるが、実は私は駅弁の大ファンなのである! 30歳を過ぎた頃からだと思
うが、米ってのをあまり食べなくなった。元々が酒飲みのせいか、ちょいとした酒の肴(さかな)が
あれば、もうそれで充分なワケである。たまにご飯を食べる時でも、炊き立て以外は絶対に口に
しなかった。冷や飯を食べるなんてのは、天をも恐れぬ悪魔の所業だと思っているのである。
ところが唯一の例外ってのが駅弁なのである。あれは思いっきり冷や飯なのに、なぜか美味し
しい。イヤ、ハッキリ言って実に美味しい!!

駅弁の基本形といえば、ナンと言っても「幕の内弁当」である。元々は芝居を見に行った際に、
芝居と芝居の間の休憩時間・・・つまり幕間(まくあい)に食べたことから命名された弁当である。
小さな俵形に握ってゴマをかけた飯と、卵焼き・かまぼこ・焼き魚・漬物などのオカズを詰め合
わせた幕の内弁当は正に駅弁の王様であり、「駅弁は幕の内に始まり、幕の内に終わる」という
格言があるくらいである。(←そんなのないって?)

幕の内を基本形とするならば、その派生系ってのが、また実にスバラシイ! 今やプレミア付き
の弁当とまで言われるようになった「峠の釜飯」を始めとして、全国の駅に地元の素材を贅沢に
使った様々な駅弁がある。出張などで地方に出かけたものの、忙しくてその地方の郷土料理を
食べる時間がなかった時でも、駅弁を食べることによって充分に堪能できるはずである。

ところで、駅弁を食べるに際しては、それなりのお作法というのがあるのをご存知だろうか??
正確に言うと、食べ方のお作法ではなく、駅弁を買ってから食べるまでの間のお作法である。
この「お作法」を知らずして、駅弁を語ることはできないし、ましてやヘタに素人が駅弁を食べる
ことなど許されるものではない。これは日本国憲法でハッキリと定められている。(ウソです)

駅弁を片手に車内に入ってきて、座席に座った途端、即座に弁当を広げて食べだす人がいる。
最低である! 実にお下劣である!! そこには駅弁に対する愛情とか敬意のカケラも存在し
ない。まずは座席のテーブルを取り出し、そこに駅弁を恭しく安置するのが正しい作法である。
そしてオモムロに外の景色を眺める。もちろん頭の中は駅弁のことで一杯なのだが、男たるモノ
それを表情に出してしまうようではダメである。ここでタバコを吸う人は、気を紛らわせるために
とりあえず一服しよう。新聞や雑誌なんかを読むフリをするのも1つの手である。新幹線で東京
から大阪に向かう場合には、少なくとも三島を過ぎるくらいまでは、この状態を続けなければなら
ない。

さぁ、いよいよ新幹線が三島を過ぎた。そこでいよいよ駅弁を食べ始めることに・・・・・・・・甘い!
実に甘い!! チョコレート・パフェの100倍甘い!!! まずは先にお手洗いに行くべきなの
である。仮にも駅弁を食べている最中に中座してトイレに行こうものなら、間違いなく刑法犯とし
て処罰される。最悪の場合、死刑をも覚悟しなければならない。そのようなことのないよう、予め
トイレに行っておかなければならないのだ。

トイレも済まし、席に戻っても、まだ駅弁に手をつけてはイケナイ。ここですぐに駅弁を広げてし
まったら、周囲の乗客から「はっはーん、アイツ、実は乗車した時から食べたかったのに、見栄を
はってガマンしてたんだな・・・・・」と笑われてしまう。では、どうするか? このまま新大阪に到着
するまでガマンしなければならないのか? はたまた名古屋で降りるフリをして、こっそりトイレで
食べなければならないのか? そんなに心配しなくても大丈夫! ちゃんと自然に弁当を食べ
始めるチャンスはすぐにやって来るのである。

「お弁当にサンドウィッチ、お茶にビールなどはいかがですか〜?」 そう、車内販売のお姉さん
が必ずワゴンを押しながら車両にやって来る。この時こそがチャンスなのだ! それまで読んで
いるフリをしていた雑誌を横におき、いかにも「ったくウルサイなぁ・・・・。な〜んだ、車内販売か。
まぁ、彼女もノルマがあるだろうし、ここは1つビールでも買ってあげるとするか」と言った感じで、
仕方なさそうにビールを購入するのである。当然ながら、ビールは冷えている状態で飲む方が
美味しい。従って買った後ですぐに栓を抜いても、何ら周囲の人々に咎められることはないはず
である。

そして、ここからが勝負である! ビールをググッと一口飲んだところで、自然な感じでテーブル
の上の弁当に視線を移すワケである。ここで忘れてはイケないのは、必ず小声で「あ、そうだ!
駅弁を買ってたんだ! すっかり忘れていたや。」と、周囲の乗客にアピールするようにつぶやく
ことである。あくまでも、「ワタシは駅弁のことなんか気にしていませんでしたよ。ただ車内販売が
きたんで、偶然にその存在に気がついただけなんですよ。」という雰囲気を上手に演出しなけれ
ばならないのである。

ここに来てやっと駅弁を食べることができる!と思ったアナタは、まだまだ素人である。世の中、
そんなに甘いものではない。周囲の乗客はまだまだアナタのことを疑っているハズである。ここ
は先ず、おもむろに駅弁を手に取り、ビールを飲みながらジックリと包装紙を眺めるのが正しい
お作法である。ここで思慮深い人であれば、いろんなことが頭の中に浮かんでくるはずである。

        ほう! 特選弁当「東京」かぁ・・・・なるほどな。品名の前に、まずは
        「特選弁当」と一発ブチかましておくワケだ。その後で「東京」とくる。
        こりゃプロの仕事だな。

        おや、原材料の下に総カロリー数まで書いてあるじゃないか。そうか、
        我々の健康のことまで気をつかっているというワケか。やるじゃないか。

        ん? 「直射日光・高温多湿を避け、お早めにお召し上がりください」?
        やはり衛生上の問題から、業者としては早めに食べてもらいたいワケ
        だな。そうか、そうか。

ここに来て、ようやく包装紙のヒモをほどくことが許されるのである。キーワードは「自分自身を
じらす」ということだ。この「じらす」という行為をすることで、駅弁をより美味しく食べることができ
るというワケである・・・・・な〜んてアホなことを、良い子は実践しちゃダメですよ。食べたければ
さっさと食べてしまいましょう♪(笑)



葉月弐日(土) 「憧れの客船」
毎日飽きもせず徒然を書いていると、当然ながら「あれ? このネタって以前に書いたっけ?」と
思ってしまうことが多々ある。そこで昨日チョコリスト女史に頼んで、これまでの徒然のタイトル
の一覧表を作ってもらった。その結果、昨年の12月から昨日までに書いた徒然は実に220本!
そのうち、ダン隊長の執筆によるものが9本、チョコリスト女史が2本、残りの209本がワタシが
書いたものであることが判明した。打率にすればナント9割5分である!! 快挙というべきなの
か、怪挙というべきなのかは分からないが、とりあえずよく書いてきたものである。というよりも、
ガマン強く読んで下さっている皆々様にはホントに感謝している・・・と、こんな感じの書き出しで
始めたら、勘の良いベテラン読者の方々であれば、「はっは〜ん、コイツ、今日の徒然に書くネタ
がなくて、字数稼ぎをしてるな?」と察しがついていることであろう。(笑) 大正解である!

書くネタが思いつかない時には、ネタ探しのためにネットで「今日のニュース」とかを読むことが
多い。てなことでYahooニュースをチェックしてみたのだが、どうも気持ちをそそるようなニュース
が今日はない。そこで今度はOutlook Expressを開き、これまでに知人・友人から届いたメールを
読み返してみる。いわゆる「勝手にメール公開攻撃」というヤツである。しかし、面白そうなのは
既に公開してしまっているので、残っているのは「こりゃ公開するとマズイ」とか「本当は公開した
いけれど、そんなことしたら本人から爆弾を送りつけられてしまう」など、複雑な事情をかかえた
メールばかりである。

「こりゃ、今日はダメだ・・・・・」と諦めかけていたところで、ふと新しいアイデアが頭に浮かんだ!
保存している写真ファイルの中から適当に1枚選び、その話をするって寸法である! 幸いにも
出稼ぎなどで海外に行くチャンスは多いため、その時に撮影した写真がけっこうあるのだ。だが
最初に断っておくが、決して話に「オチ」を求めてはイケない。あくまで「苦肉の策」なのだから、
「面白いオチ」とか「高尚な主旨」などあるはずがない。その代わりと言っては何だが、これまで
「謎」とされてきたワタシの容姿が写っている写真もタマには公開する!(修正付だけどね)

てなことで、「ヤケクソ写真公開攻撃」の第一弾は、じゃ〜んコレである!(ハデな修正だよなぁ)
実はワタシ、何を隠そう大の「客船マニア」なのである。映画「タイタニック」をご覧になられた方
ならご理解できると思うが、豪華客船の旅ってのは飛行機の旅に勝るとも劣らないほど魅力的
なものである。ワタシは急ぎの用じゃない限り、いつも海外に行く時は客船を利用している・・・・・

           
                        Queen Mary

・・・・・・・・と言いたいところなのだが、実はワタシは船が好きなくせに、船に弱いという致命的な
欠陥を抱えているのである。どのくらい弱いかと言うと、以前、嵐山の貸しボート(よく公園なんか
でカップルが乗っているヤツ)に乗っただけで船酔いしてしまい、それから1週間ほど再起不能
状態に陥ってしまったくらいである。従って、クルーズ中の船には絶対に乗れない。そこでどうす
るかというと、停泊している船の見学をするってのが趣味なのだ。

写真のクイーンメリー号は全長310m(東京タワーとほぼ同じ)、総トン数81,000トンの巨大客船
で、1936年の処女航海から1967年の退役まで、実に31年間も「大西洋横断航路の女王」として
活躍してきたのだが、現在はロサンゼルスから電車で1時間ほど南に行ったロングビーチ港に
投錨され、一般公開及び海上ホテルとしても運営されている。(詳しくはココで→ Hotel Queen Mary
日本でも、かつては大海原で活躍していた船が現役を引退した後、全国各地の港に係留され
一般公開されている。特に横浜港の軍艦「三笠」や客船「氷川丸」は有名である。

旅行に出かけても、まず観光などしないワタシだが、船のことになると、やたらとフットワークが
良くなるのだ。「どこが面白いの?」と聞かれても返答に困ってしまうのだが、なんか航海という
のは人生の象徴でもあるし、人の喜びや悲しみをずっと見守り続けてきた客船、特に引退した
客船というのは、まるで人生経験豊富な老女のような「優しさ」と「強さ」があるような気がするの
である。そんな客船オタクのワタシが、いまスゴ〜ク見学してみたい船ってのが、青森港に係留
してある元・青函連絡船の「摩周丸」である。もし、同じような趣味をお持ちの方がいらっしゃった
ら、ぜひ一緒に行ってみません??(笑)



葉月参日(日) 「憧れの列車」
申し訳ない! 実は今日もネタがぜんぜん思いつかなかった。まぁ、書くネタがないってことは、
要は世の中が平和(ワタシの頭の中が平和?)ってことだから、それはそれで喜ばしいことでは
あるのだが・・・・・。そんなこんなで、今日も「ヤケクソ写真公開攻撃・第2弾」と題してお送りする
ことにした。

で、実はワタシ、何を隠そう大の「鉄道マニア」なのである!(爆) 「オイオイ、オマエは昨日の
徒然で客船マニアっていってたじゃねーか!」と憤慨されている方もいらっしゃることであろう。
しかし、そんなワガママを言ってはいけない。そもそも徒然ってのは、書き手の「努力」と読み手
の「優しさ」が融合することによって、初めて成立するコーナーなのである。もっと「温かい目」で
読んで戴きたい。

・・・・・・・てなワケで、今日のヤケクソ公開写真は、韓国版・新幹線の「セマウル号」である!!
セマウル号はソウルを基点として、釜山や光州、そして木浦などの区間を走っている特急列車
である。韓国鉄道の魅力はいろいろとあるのだが、とりあえず日本のJRと比べて、料金がアホ
ほど安い! 例えばソウル〜釜山ってのは、ちょうど東京〜米原間とほぼ同じくらいの距離なの
だが、JRだと「ひかり号」の自由席を利用した場合でも11,550円かかるのに対し、セマウル号は
ナント3,300円! さらにこれがグリーン車だとJRの16,700円に対し、セマウル号は4,000円しか
かからないのである。

もっとも、いくら安くても車内設備とかサービスとかが悲惨だと話にならないのだが、これがまた
すご〜くイイ感じなのである。下の写真はセマウル号の1等車(グリーン車)の車内である。写真
を見てお分かりのように、まずシートのリクライニングが実に深い。新幹線のグリーンよりは遥か
に深く、日系航空会社の国内線スーパーシートと比べたら、シート間隔もリクライニングも比べ物
にならないほど快適である。新幹線の場合にはフットレストが装備されているが、セマウル号は
レッグレストとなっている。これがまた実にエエ感じなのである♪

              
               普通の状態               リクライニングした状態

さらに、各シートにはオーディオ・チャンネルもついていて、好きな音楽をいつでも楽しむことがで
きる。さらにさらに、1両につき3台ほどテレビ・モニターが天井からぶら下がっていて、ドラマや
映画などの放映サービスもあるのだ!(下記の写真参照)

              

これに加えて、日本ではスッカリ消えてしまった「食堂車」も健在で、美味しそうな料理がズラリ
とラインナップされている。そして値段も超破格で、ハンバークをコース(ライス or パン、スープ、
サラダ、デザート、コーヒー付)で注文しても、ナント1,200円、ビールも中瓶が1本350円である。
空の旅でも鉄道の旅でも同じだと思うが、やはり乗り物の中で食べるメシってのは、ホントに心
が弾むというか、いつも以上に美味しく食べられるような気がする。

ワタシはヨーロッパを訪問した際にも、いろいろと列車で旅したことはあるのだが、確かに車体
とか内装デザインとかは、ヨーロッパの列車にはセンスを感じるが、リクライニング角とかシート
間隔とかは劣悪であり、また食事も料金の割りには大した物は出てこない。それにナント言って
も問題なのは、列車が時刻表通りに運行していないことが多いということである。それに比べた
ら韓国鉄道は時間にも正確だし、列車の外見こそダサいが、質としてはかなりハイ・レベルなの
である。

まぁ、ウチは飛行機をテーマにしたサイトであるからして、鉄道の旅を宣伝するのも何なのだが、
韓国旅行でソウルと釜山の両都市を訪問するのであれば、ソウルから釜山までは飛行機よりも
セマウル号の方が断然イイ! 確かに時間は飛行機が1時間であるのに対して、セマウル号だ
と4時間ほどかかるが、この飛行機の1時間ってのがクセモノで、まずソウル市内から金浦空港
に行くまでに1時間近くかかるし、さらに釜山空港から釜山市内までも1時間ほどかかる。これに
待ち時間だの何だのを加えれば、結局は飛行機も列車も時間的にはほとんど変わらないのだ。
むしろ、乗り換えのないセマウル号の方が肉体的には楽である。

旅行嫌いのワタシが言っても説得力がないかもしれないが、空の旅、船の旅、そして鉄道の旅
をうまくミックスして旅行計画を立てれば、今まで以上に楽しい旅ができるのではないかと思う。
その意味で、韓国なんかは一番手軽にそれが実行できる国である。例えば福岡からフェリーで
釜山まで行き、そこからセマウル号でソウルに移動して、最後はソウルから飛行機で帰国する
なんてパターンなんか実に楽しいと思う。これだと帰り飛行機の航空券は韓国での発券となる
ワケだが、ご存知のように航空券ってのは片道分だけしか買わないと、非常に割高になってし
まう。そこで、一応は半年オープンくらいの往復航空券を購入しておき、数ヵ月後に今度は逆の
ルート(日本→ソウル→釜山→ソウル)で旅行する時に残りの航空券を使えば、無駄なく使える
と思う。ワタシ自身もぜひとも実行してみたいプランではあるが、やはり福岡〜釜山のフェリーが
ネックである。100%船酔いするので、恐らく釜山に到着した時点で肉体的にも精神的にも燃え
尽きた状態になり、残りの旅行計画がズタズタになってしまうであろう。(笑)



葉月四日(月) 「食堂車バンザイ!」
実はワタシ、何を隠そう大の食堂車マニア・・・(以下略)。 でもホントに食堂車が大好きなので
ある。まだ新幹線に食堂車が健在だった頃なんざぁ、まだ「準備中」という札がかかっているにも
かかわわらず、入口の前で待っていたモノである。

本当のことを言うと、ワタシは新幹線以外の列車で食堂車に入ったことが一度もない。ワタシが
生まれ育ったのは四国の高松なのだが、昔から四国内を走る列車には、食堂車なんざ連結して
いなかったのである。それどころか、1972年まで特急列車も走っていなかったし、電化されたの
も瀬戸大橋が開通してからであったため、食堂車を利用するチャンスが全くなかったのである。
そんなワケで、ワタシにとって「食堂車」とは乗り物図鑑の中でしかお目にかかれない「憧れ」の
存在だったのだ。

たぶんその反動だと思うのだが、大人になってから仕事で新幹線を利用するようになった途端、
大してお腹が空いているワケでもないのに、やたらと食堂車に入り浸っていた。京都から東京に
出張する際には、よく6時17分(だったと思う)に京都駅を出発するひかり号を利用していた。
京都を出発して20分ほど経過した頃に、いよいよ食堂車(or ビュッフェ)の営業がスタートする
のだが、ワタシにはこの20分間がとても待ち遠しくて仕方がなかった。(笑) そして営業が始ま
る10分前になると、居ても立ってもいられなくなり、胸をワクワクさせながら食堂車に向かたもの
である。

ところで、今より随分と若かった当時でも、「ん??」と思ったメニューがあった。早朝便ということ
で、メニューは昼間のものとは異なり、トーストとかサンドイッチ、和食と洋食のモーニングセット
など、簡単なモノだけしか用意されてなかったのだが、その中に「モーニング・カレー」ってのが
あったのだ。朝からカレーってのはかなりキツくないかい?と思っていたのだが、メニューをよく
観ると、小さな文字で「大盛もできます」とも書かれていた。ひょっとしたら、けっこう人気の一品
だったのかもしれない。(笑) そうえいば新幹線が浜松に近づいてくると、いつも必ず車内販売
のお姉さんが「浜松名物、鰻蒲焼弁当は如何ですか〜ぁ」と売りに来ていたのだが、よく考えて
みれば、あれも朝のメニューとしてはかなりキツかったように思う。
           
          
            カレーセット700円・牛煮込み弁当1,000円 (セマウル号)

特急電車において「食堂車」というのは、グリーン車と並んで必要不可欠というかなんと言うか、
とにかく華やかな列車の旅を象徴する存在である。冷静に考えてみれば、揺れる車内の限られ
た狭い空間で、安全上の理由からガスも使えず、電気コンロだけで調理された料理が美味しい
ハズがない。しかし「美味しさ」というのは、必ずしもその料理自体が持つ味だけで決まるもので
はない。それに加えて、盛り付けの良し悪しや、食べる環境によっても大きく左右される。

飛行機で食べる食事ってのも美味しいことは美味しいが、太平洋上を飛ぶ飛行機の窓から見え
る景色というのは、ある意味で非常に単調であり、食べている最中に頻繁に外を眺めることはな
い。一方、これが列車の旅の場合、窓の外の景色が次々と変化していき、移りゆくそれらの光景
をボーっと眺めているだけでも絶対に飽きないし、これで食事なんかしていれば、それこそ最高
のスパイスになる。特に一人旅の時などはつくづくそれを実感すると思う。

残念ながら、現在、日本では食堂車を見かけることはほとんどない。食堂車が唯一連結されて
いるのは、ゴク一部の寝台特急だけであり、その寝台特急自体もどんどんと姿を消しつつある。
「急ぐ旅」がある一方で、「ノンビリとした旅」だってあるはずだ。食堂車というのは、このノンビリ
とした旅を演出するには、なくてはならない存在である。食堂車バンザイ!

      PS. それにしても、いくらネタがないとはいえ、益々オチのない文章に
          なっていってるよなぁ・・・・。(笑)



葉月伍日(火) 「在地球人として・・・・」
この金曜日から、親友のY君の妹さん(高校2年)がNZに遊びに来て、我家でホームステイを
する予定だったのだが、土壇場になってキャンセルになってしまった。本人だけではなくワタシ
も逢えるのを楽しみにしていただけに非常に残念であった。しかし後でよく話を聞いてみると、
このドタキャン劇の裏には、非常に複雑な背景があり、ワタシ自身、思わずいろんなことを考え
さされてしまった。

Y君との出会いは、今から14年ほど前に遡る。当時、中学3年生だったY君の家庭教師を依頼
されたのがきっかけであった。彼は非常に利発であり、京都でも有数の有名高校に進学した。
当時のことをふり返っていて、今でも強く印象に残っている出来事がある。ある日のこと、授業を
している最中にふと気がつくと、どうも彼の様子がおかしい。いつもは明るい彼が、妙に落ち込ん
でいる。「どうしたの? 何かあったの?」と尋ねると、彼は今にも泣き出しそうな顔で、「どうして
勉強をしなければならないのか解からない・・・・」と答えた。これは勉強嫌いの子供達がよく言う
セリフではあるが、彼の場合、それが意味する内容がまったく違っていた。

「僕は韓国籍だし、いくら勉強をしても絶対に良い職になんかつけないでしょ? それに日本人
の女の子とも結婚できないだろうし・・・・・・」 思わずワタシは絶句してしまった。普通であれば、
夢と希望と可能性に満ち溢れているはずの年齢であるはずなのに、本人の力ではどうしようも
ない問題との戦いを、彼は既に強いられていたのである。ワタシは「そんなことはない。例えば、
医者や弁護士の中には韓国籍の人も大勢いるし、視力が良ければパイロットにだってなること
だってできる。勉強することに意味がないなんてことはないよ。」と答えたが、現実の日本社会の
姿を考えた時、その言葉は非常に虚しいものでしかなかった。

Y君は非常に頭脳明晰で思慮深く、しかも非常に明るくて誰からも愛される人間である。そして
彼の両親もまた素晴らしい人格と品性を兼ね備えた尊敬すべき方々である。家庭教師の役目を
終えてからも、ワタシはずっと家族ぐるみでお付き合いをさせて頂いている。そんな彼の妹さん
がNZに遊びに来ると言うのだから、ワタシはホントに張り切って準備を進めていた。

ところが、NZ出発3日前の昨日になって、予想外の出来事が起こったのである。実はY君一家
は昨年10月、法務局に帰化申請を出していたのだが、それが昨日付で認められたのである。
航空券の予約とかは、すべて今まで所持していた韓国のパスポートを前提に進められていたの
だが、帰化申請が認められた時点で、このパスポートは無効になってしまったのだ。新しく日本
のパスポートを取得するにしても1週間以上はかかってしまう。いろんな可能性を考えてみたの
だが、やはりここはキッチリと体勢を立て直してからの方が良いだろうということで、今回の訪問
は見合わせることになったのである。

ご存知のように、戦時中には「創氏改名」といって、多くのコリアン達が自分の名前を日本式の
名前に換えたことがあった。一部の人々は「強制的に名前を換えられた」と主張しているようだ
が、これは明らかに事実とは異なる。実際にはコリアン自らが日本名に換えることを望んでいた
のである。しかしこれもまた正確な表現とは言えない。日本の植民地となっていた当時の現状を
考えれば、生きていく上で日本人になる方が遥かに有利であり、それに伴ない日本名に換えざ
るを得なかったのもまた事実である。

それから60年が経過した現在、国際国家を自負する日本において、それらの悲しい出来事は
歴史の一部に過ぎなかったはずなのに、実は現実社会では姿形を変えてまだ残っているので
ある。在日コリアンが帰化を望むのも、いや、帰化せざるを得ないのは、その象徴的かつ典型的
な例である。

かつて「尾張の国」や「丹波の国」など、日本は国内でもいくつかの独立国に別れていた。そして
それらを行き来するには、通行手形という名のパスポートが必要であった。長い年月をかけ国は
やっと1つにまとまった。それでも、決して各地方が独自の文化を失ったわけではない。お国訛り
や郷土料理を始め、今でも各地域の個性を大切に育んでいるし、また我々も自分の生まれ故郷
の文化を誇りに思いながらも、旅行などで他の地域の文化を楽しみ、そして尊重している。

真の国際化とかグローバル化というのは、自国の文化のみを肯定し、他国の文化を全否定する
ことではない。あくまでも自他両方の肯定、すなわち「誇り」と「敬意」に基づいたものでなければ
ならない。神は唯一人間だけにすばらしき才能・・・・・即ち「理性」というもの与えた。一人一人が
この理性を持って行動すれば、いま我々が抱えている様々な問題は、必ずや解決の方向に向
かうはずである。少なくとも私はそう信じている。今を生きる我々だけのためだけではなく、何よ
りも無限の可能性を秘め、21世紀の地球を担うであろう子供達のためにも、まず我々大人達が
その先導に立たねばならない。我々はみんな「在地球人」なのだから・・・・。



葉月六日(水) 「記念日(前編)」
今日は58回目の「原爆記念日」である。いつも不思議に思うのだが、どうして「記念日」なのだ
ろうか? 「終戦記念日」というのはス〜ッと頭の中に入ってくるのに、「原爆記念日」というのは
どうしても「ん??」と言った感じで、スンナリと入ってこない。 あれこれ考えてみた結果、どうも
ワタシの大脳には、記念日というのは「お祝い事関連」というイメージでインプットされているよう
なのである。だから「終戦記念日」ならば、戦争が終わったと云うのは、国民にとっては待ちに待
った平和がやって来た日なのだから、記念日と付いていても違和感がなかったのに対し、原爆
記念日の方は、大勢の人々が犠牲になった日なのに、「なんで記念やねん!?」と云う感情を
抱いていたのである。

で、実際のところはどうなんだろうか?と思い、さっそくネット広辞苑で「記念」という言葉を調べ
てみると、「@あとの思い出として残しておくこと。A過去の出来事への思いを新たにし、何かを
すること。」と説明したあった。予想に反して、どうやら特に「お祝い事」に限定した意味ではなさ
そうである。単にワタシの勝手な思い込みだったのだ。

ところで、ワタシはこの説明を読んでいて、妙に納得してしまったことがある。それは原爆記念日
のニュースで流れるコメントである。必ずニュース原稿の最後は「集まった市民は平和への誓い
を新たにしました」という一文で終わっている。つまり「記念日」として成立させるためには、解説
にもあるように、思い出を残しておくことに加えて、「何かをする」ということが必要不可欠なワケ
である。だからこそ「原爆記念日」に市民は平和への誓いを新たにするのだが、ここでワタシの
頭の中にはさらなる疑問が発生した。

「結婚記念日」というのがある。ある高名な心理学者が述べた言葉なのだが、結婚記念日という
のは、女性にとっては「戦勝記念日」であるが、男性にとっては「敗戦記念日」なのだそうだ。(笑)
ま、賛否両論あるだろうが、ひとまずそれは横に置いておくとして、確かに結婚記念日ってのは
永遠の愛を誓い合った日を思い出し、平和への誓い?を新たにするワケだから別に構わない。
しかし、それならば「離婚記念日」ってのがあったもイイのではないだろうか? 結婚が戦勝 or
敗戦というのであれば、離婚はさしずめ「終戦」ってことになる。長い長い戦いの日々が終わりを
告げ(中には短い人もいるだろうが・・・・)、ようやく平和が訪れたのだからして、まさに記念日に
するのに相応しい日のような気がするのだが、皆さんはどう思われます?(笑)



葉月七日(木) 「記念日(後編)」
昨日の徒然で、どうも「原爆記念日」って単語はワタシにはピンとこないと書いたが、昨日の夜、
NHK(海外衛星放送)を観ていたら、ニュースでは「原爆記念日」ではなく「原爆の日」と言って
いた。「原爆記念日」もピンとこないが、「原爆の日」ってのも何かイマイチのような気がする。。。
そもそも「〜の日」ってのは、「勤労感謝の日」とか「毎月23日は文(ふみ)の日♪」など、正確に
述べると、「〜をする日」というイメージが強いような気がするのだ。そんなイメージがあるからか
もしれないが、単に「原爆の日」だけだと、なんか「原爆を投下する日」のように聞こえてしまう。

英語では記念日のことを「a memorial day」という。これが「Memorial Day」と書くと、アメリカでは
「戦没将兵記念日」という意味になる。元は南北戦争戦没者の記念日だったそうなのだが、現在
はすべての戦没者の追悼記念日として、毎年5月の最終月曜日を休日としている。なんか英語
の「a memorial day」の方が、日本語の「〜記念日」とか「〜の日」より、惨事の起こった日を表現
するには似合っているような気がする。memorial という単語は、「memory」という単語の派生語
である。ご存知のように、このmemoryという単語には記憶、思い出、追憶、そして「偲ぶ」という
意味がある。

偲(しの)ぶ・・・・・・これが惨事の日を表す日本語としては、最も適しているように思う。いつもの
ようにこの単語をネット広辞苑で調べてみると、「過ぎ去ったり遠く離れたりしたことや人を、懐か
しむ気持ちや、賞賛・同情の気持ちをもって思い出す。追憶する。」と書いてあった。「偲ぶ」とか
「追憶」というのは、何となく哀愁が漂った言葉であり、過去の惨劇を表現するのにはピッタリで
ある。イヤ、もっと踏み込んで、「追悼」という単語を使った方がイイかもしれない。この方が、より
明確に何の日なのか解かるのではないか? 原爆追悼日・・・・・少なくとも「原爆記念日」よりは
ワタシにはスッと頭に入ってくる表現である。

となると、「結婚記念日」も、ある人々にとっては「結婚追悼日」に換える必要があるのかもしれ
ない・・・・・・・かな?(笑)



葉月八日(金) 「空の旅(前編)」
その昔、ワタシより世代が1つ上の方々にとっては、飛行機に乗るというのは、かなりスゴイこと
だったらしく、国内線ですら周囲の人々から羨望の目で見られたそうだ。ましてや海外旅行など
は、大企業のお偉方か政治家、はたまた大金持ちしかできなかった。そう言えば、クイズ番組の
懸賞などでは、「憧れのハワイ旅行プレゼント」ってな感じで、ハワイ旅行の前に「憧れの」という
形容詞がついていた記憶がある。

今でも記憶に残っているのだが、我家で初めて飛行機に乗ったのは父であった。確か1972年
頃だったと思うが、出張で高松から東京までの往復で利用したのが最初であった。出張から戻
ってきた父親に、ワタシはさっそく感想を聞いてみた。ワタシとしては、「まるで自分の背中に羽
がはえて、雲の上を自由に散歩しているみたいだった」とか、「地図で見るのとまったく同じよう
に淡路島が見えた」など、かなり感動的なコメントを期待していたのだが、予想にまったく反し、
父の感想は「@飛行機には最新の週刊誌が備え付けてあってビックリした。A羽田の上空には
雷雲があったのか、ピカピカと空が光っていて怖かった」という、子供の夢を見事にブチ壊して
しまう内容であった。一方、ワタシの飛行機デビューってのがこれまた非常に遅くて、1982年、
20歳の時であった。路線は高松から伊丹で機種はYS11。で、ワタシの感想なのだが、とにかく
離陸の際に「加速がスゲーやぁ!」と思った。(ほとんど父と変わらない。笑)

時代は移り変わり、JR(元・国鉄)と飛行機の料金格差がほとんどなくなってきたところで、国内
旅行における空の旅ってのはグンと身近なものになり、さらに円高ドル安、格安航空券の出現
を引き金にして、海外旅行も大ブレークしていったワケだが、まぁ、ワタシも時代の流れに従って
仕事やら何やらで、やたらと飛行機に乗るようになった。

そんな中、ふり返ってみて一番驚くのは、やはり機内設備の充実振りである。特にシートの変遷
を見てみると非常に興味深いものがある。例えば、昔のFirst Classのシートは、現在のシートと
比らべると思いっきり貧弱であり、フットレストもなければ、レッグレストもない。リクライニング角
も浅くてシートピッチもメチャメチャ狭く、もちろん個人TVなんかありゃしない。その一方で、機内
にラウンジがあったり、絵画が飾ってあったりと、妙に豪華でハデな部分もある。(因みにワタシ
は今、JALの DC8の機内の様子を撮影した写真を見ながら書いている)  機内食については、
今よりは豪勢ではあるが、それらを考慮してみても、やっぱシートはぜんぜんイケてない。

ところがバブル全盛期の頃から、恐ろしいほどの勢いで進化が進み、特にシートはやたら豪華
&快適になり、今やビジネス・クラスでもフルフラットが当たり前の時代に突入してしまった。下に
ある4枚の写真はいずれもシンガポール航空のFirst Classのシートである。上段の2枚は今から
6〜7年ほど前のもの、そして下段が最新のシートである。写真では解からないが、昔のシート
の方もフル・フラットだし、個人TVもついてはいたのだが、ベッドメイクのサービスはなかったし、
TV自体も5インチ程度の大きさであった。ところが現在では14インチの大型モニターに加えて
食事のサービスが終ってトイレで歯を磨いている間に、CAさんがシートのリクライニングを倒し、
ベッドメイクもしてくれる。幅は60cm弱しかないが、まぁ、それでも余程のデブじゃない限り充分
に寝返りだってできる。また細かい点ではあるが、同じフルフラットでも旧タイプの方は、座面と
背もたれ、そしてフットレストとの間に多少の段差があるが、最新シートにはそれがかなり緩和
されており、さらに掛け布団だけではなく、敷布団(マット)まで用意してあるので、間隔としては
ほとんど普通のベッド状態である。それどころか、ヘタに外国のホテルでやたらクッションの柔ら
かいベッドで寝るよりも快適である。

      
          旧タイプのシート(B744)                   フルフラット状態

      
       CAさんによるベッドメイク                     ベッド完成状態

2008年(だったかな?)には、エアバス社から従来の大型ジェットの約2倍の定員を誇る「A380
という超大型ジェット機がデビューするらしいのだが、この飛行機にはひょっとしたらシャワーや
カジノ、レストラン、そして売店まで設置されるかもしれないそうである。こうなると飛行機という
より「空飛ぶホテル」である。どうせレストランを作るのであれば、ワタシとしてはぜひぜひ吉野家
に出店してもらいたい!(爆)                      つづく(と思うが・・・)



葉月九日(土) 「占い論」
今日の徒然のタイトルを見て、「オヤ?」っと思われた方もいらっしゃることだろう。昨日の徒然
は「空の旅(前編)」であった。「前編」ってことは、翌日にその後編を書くのが人の道というモノで
ある。実際、ワタシは原稿用紙を前にして、何度も何度も推考を重ねたのだが、まったく書くべき
内容が思いつかない。

実は昨日の徒然は、徒然ファンの方からのリクエストにお応えして書いたものである。「頻繁に
飛行機に乗っているのだから、空の旅に関するネタくらいはスラスラ書けるんじゃないの??」と
思われるかもしれないが、いつも飛行機に乗った途端に、あらゆる種類の酒を、ガブガブと飲み
始めてしまうせいか、ワタシには機内での記憶とか思い出がほとんどないのである。そんなワケ
で、昨日の徒然も、数少ないマトモな記憶を頼りにやっとの思いで書き上げたのである。という
ことで、昨日の時点で「空の旅」に関するワタシの知識はすべて出しつくしてしまったため、もう
これ以上はぜ〜んぜん思いつかない。思いつかないものは書けない → 書けないものは仕方が
ない → それならタイトルを変えちまおう!・・・・・・という極めて単純な発想から、今日のタイトル
になったワケである・・・・・・・・な〜んて長々と説明をすると、またどこかの口うるさいオヤジから
「言い訳から始めるな! 言い訳から!!」と怒られそうなので、この辺でヤメておこう。(笑) 

先ほど、機内ではガブガブと酒を飲んでいると書いたが、読書魔であるワタシは、必ず酒を片手
に本を読むのがいつものパターンである。機内には必ず文庫本を最低3冊は持ち込むのだが、
1冊あたり1時間半程度で読んでしまうので、長距離路線ともなるとアッという間に3冊とも読破
してしまう。そこで、次に機内に備え付けられている雑誌類を片っ端から読み始める。日本発着
便だと、いろんな雑誌に混じって日本の女性週刊誌なども置いてある。これも手に取り、隅から
隅まで目を通すってんだから、我ながらよっぽど退屈なのであろう。

さて日本の女性週刊誌を読んでいて、とても面白い特徴があるのに気付いた。発売された時期
やどこの出版社かに関わらず、必須アイテムとして次の4つの内容がラインナップされているの
である。

      1)芸能情報関連  2)グルメ関連  3)ダイエット関連  4)占い関連

まぁ、これらが必須アイテムとして君臨しているということは、その女性週刊誌を読んでいるであ
ろう主婦層の日々の関心ってのは、上記の4つに絞られているということであろう。(笑) それに
しても、サービスがイイというか用意がイイと言うか、グルメ関連の記事で読者食欲をそそって
おいて、その直後にちゃ〜んとダイエットの記事が書いてあるのは実に笑える。 言ってみりゃ、
病院の隣りに葬儀屋があるようなモンである。(笑)

そんな中、ワタシが最も興味をそそられるのが「占いコーナー」である。占いをマジで信じている
人っているんだろうか? 「ぜんぜん気にならないと言えばウソになるが、別に心から信じている
ワケではない」ってのがワタシの占いに対する感想である。そもそも占いというのは、基本的に
は「統計学」である。手相とか血液型などはその典型的な例であり、過去のデータに基づいて、
その人の未来を予想するわけである。これに加えて、占い師と呼ばれている人々は、心理学の
知識もあるようで、1対1で占う場合には、この心理学を巧みに利用して、相手の現在の状況を
言い当てている。

例えば、「あなたはみんなの前では明るく振る舞っているけれど、一人になるとホントは寂しがり
屋さんですよね?」と言われれば、ほとんどの若い女性ならば「うわ〜ぁ、当たってるぅ!!!」
ってことになる。そんなもん、よく考えてみれば判ることだが、人間は誰でも1人になれば寂しい
ものである。もし、いつも1人になった時に「イェ〜イ♪」とか言ってフィーバーしている人がいると
すれば、それはもはや神経症である。 他にも中年男性客に対して、「あなたは仕事か家庭問題
または友人関係のことで悩んでいますね」って言えば、これまたほとんどの人に当てはまること
であろう。つまり、この場合、占い師は占ったのではなく、誰にでも当てはまるであろう当たり前
のことを言っているだけなのである。

心理学の初歩を利用して、まず最初に誰にでも当てはまる、いわば「最大公約数的な内容」を
相手に問い、相手の反応を注意深く観察しながら次第に範囲を狭めていく。そして最後に結論
として、「一生懸命努力すれば必ず道は開けます。とにかく頑張ることです」なんてアドバイスを
する。このアドバイスにもちゃんと抜け道が用意してあって、もし努力したのにダメだった場合、
「あなたの努力が足りなかったのです」って云えばおしまいである。(笑) 「あそこの占いはホント
によく当たる!」なんて噂話をしている人を時々見かけるが、まぁ、大半の占い師なんてものは
こんなモンである。

しかし、世の中にはスゴイ占い師もいる。ワタシが以前京都に住んでいた頃、「KBS京都」という
地元ラジオの昼の番組で「易学アヤのコーナー」というのがあった。リスナーからの恋愛相談に
アヤ先生が生放送の番組中に電話で相手に直接回答するのだが、これが、当たる当たらない
を通り越してスゴイのである!! 先ほど「占い師は誰にでも当てはまるようなことを言っている
だけである」と書いたが、アヤ先生の場合は全く違う。決して曖昧な表現はとらず、自信タップリ
にいつも回答されるのだ。

例えば、相手が今の彼と結婚すべきかどうかを相談してきたとする。するとアヤ先生はイキナリ
「あなたはこれまでに恋愛経験が3回ありましたね?」と指摘する。そこで相手は、「いえ、彼だけ
ですけど・・・・」と答えるのだが、アヤ先生は決して怯(ひる)むことなく、「いえ、3回ありました。
あなたが気がついていないだけです」と言い切るのである!(爆)  スゴイ! スゴ過ぎる!!!
相手が気がついていなかったことまでお見通しなのである。さらに「努力すれば・・・・・・・」なんて
臭いセリフなど決して言わない。先生は男女の相性を54のランクに分けていらっしゃるのだが、
「あなた方の相性は54のウチの下から3番目です。絶対にうまくいきませんから、すぐに別れた
方がイイですね。」という貴重なアドバイスまでしてくれるのである!! ワタシは車を運転して
いる最中にこの番組を聞いて、何度も大爆笑してしまったことがあった。

「占い」というものは、あくまでもシャレ程度、または参考程度に聞き流すのが健康的であろう。
それを中心に物事を考え行動してしまうというのは、かえって危険だし、その前に周囲の人々に
迷惑であるとワタシは思う。なぜなら、占いにしろ新興宗教にしろ、それにハマった人間というの
は、必ず周囲の人々に対しても、無理やりそれを押し付けてくるからである。押し付けなければ
人に受け入れられてもらえないようなモノに、「善」などありえないのだが・・・・・。



葉月拾日(日) 「ヤラセと演出」
このところ何やら日本では「ヤラセ問題」ってのが大ブレークしているようである。ワタシは別に
倫理観の薄い人間ではない(と思う)が、でもついつい「オイオイ、何を今さら騒いでるのぉ?」と
思ってしまう。もし、TVから流れてくる映像が全て事実だとスッカリ信じ込んでる人がいたとした
ならば、それはかなりキケンなことである。

まずドラマだが、これは最初から「この物語はフィクションであり・・・・・・」という断りを入れてある
ワケだから別に問題はないし、まさかこれに文句をつける人など誰もいないであろう。さて次に
バラエティー番組だが、何年か前に「電波少年」という番組で、ヒッチハイクでユーラシア大陸を
横断するというコーナーがあった。それを見て感動した若者も大勢いたのだが、後から旅の一部
で飛行機を利用したことが発覚し、これまたヤラセ問題に発展したことがある。あの番組は根本
的に娯楽番組である。「視聴者を楽しませなければならない」という必須命題があるにもかかわ
らず、そこでヤラセを禁止してしまえば娯楽番組など成立しないというか、思いっきりツマラナイ
番組になってしまう。視聴者の方だってアホじゃないんだから、そのくらいは充分に承知している
にもかかわらず、どうしてそれが問題になるのか全く理解できない。これを問題にした張本人に
ぜひ聞いてみたいものである。

と、まぁ、この辺りまではほとんどの人が「そりゃそうだ」と納得して頂けると思うのだが、問題は
報道番組とドキュメンタリー番組である。確かにこれらの番組にヤラセがあると、非常にマズイ
わけだが、でも実際にはこの2つこそヤラセの宝庫なのである。なぜなら、我々視聴者ってのは
報道番組とドキュメンタリー番組に対してあまりにも無警戒に信用しているからであり、また作り
手の方もまったくの捏造ではなく、事実を材料とした巧妙なヤラセをやっているからである。

例えば、今年に入ってから全世界を震撼させたSARS問題。人類の英知と努力によって、何とか
騒ぎは収まりつつあるが、SARSが猛威をふるっていた際、ほとんどのマスコミがまるで人類が
これで破滅するかのように報道し、人々の恐怖を煽っていた。イヤ、医療関係者や行政関係者
の中にすらそのような人間が大勢いたのだ。これとて厳密に言えば、ヤラセとほぼ同義である。
だからこそワタシはこのマスコミ報道の暴走に対して、既に4月11日付の徒然草で警鐘を鳴ら
したのだ。誤解のないように言っておくが、ワタシは何も「SARSなんて大したことなかったネ♪」
などというアホなことを主張しているのではない。確かに「SARS」は非常に恐ろしい病気であり、
未だに予断を許さない状況でもある。だが未知であることを意図的に利用し、センセーショナル
な部分だけをデフォルメしてヒステリックに報道することの方が、時としてSARSそのものより遥か
に危険な場合がある。そもそも、本来であれば中立・公平・冷静・客観的であるべきはずの報道
機関が、主観的な意思を持ち、ヒステリックにニュースを流した時点でヤラセと同じであると言い
たいのである。

さらにドキュメンタリー番組についてだが、根本的に理解しておかなければならないのは、「映像
というのは事実のすべてを映し出しているわけではない」ということである。あくまで、そこに映し
出されているのは「事実の一部分」である。そして、例え事実の一部であっても、それを意図的
につなぎ合わせると、事実とは異なる新たな状況を創り出すことも可能であるということだ。
これは先ほど説明した報道(ニュース)番組の映像でも同じである。

最近、日本でもNZを紹介したドキュメンタリー番組が多数放映されていると聞いている。そして
その番組で紹介された美しい光景の数々を観た人々は、NZは「大自然に囲まれた環境破壊と
は無縁の国」であると信じ込んでしまうことであろう。しかし、今の時期にNZに来れば、それが
如何に事実の一部だけをつなぎ合わせた内容であるか、即座に理解できると思う。この時期に
なると、大都市のみならず田舎街でも夜に外出などできない。暖炉からの煙で街全体が完全に
覆われてしまうのである。その煙たさと言ったら、「呼吸することすらままならない」状況である。
明け方近くともなると、暖炉からの煙と霧が混じり合い、気温によっては視界が10mくらいまで
落ちてしまうことすら珍しくない。しかし、番組の中では、このような事実は隠蔽され、暖炉からの
煙すらロマンティックな映像を映し出すための小道具としてしか利用されないのである。これも
またヤラセの一種であろう。

報道番組やドキュメンタリー番組におけるヤラセというのは、確かに悪質である。しかし、物理的
にカメラが捉えられるのは全体の極々一部である。そして番組の制作に際しては、必ず「編集」
という作業があり、そこに人間が関与している限り、「制作者の意思」が介在してしまうのは絶対
に避けられないことである。誤解を恐れずに言うならば、ヤラセと演出というのは、まさに紙一重
の存在、いや、表裏一体の概念なのである。ならばヤラセを責めるよりも、我々視聴者の方が、
映し出された映像の中から、どれが真実で何が裏に隠された制作者の意図なのか、それを
読み取る力を養う方がより大切であり、建設的と言えよう。



葉月拾壱日(月) 「被害者ってかぁ?」
昨日の徒然ではヤラセ問題について書いた。数あるヤラセ番組の中で、ワタシが最も楽しめて
しまうのが、お昼のワイドショー番組の中の「悩みの相談室」系コーナーである。ありゃ、ほとんど
コントである。(爆) だいたい、真剣に悩んでいる人が、いくら人気のコーナーとは言え、わざわざ
TV局にハガキを書いてまで悩みの相談をするワケがない。(笑) それをゲスト出演者がマジに
なって回答しちゃうのだから、これは喜劇である。

ラジオ番組の中にも「電話相談室」みたいなコーナーがよくある。先日の徒然(「占い」)でご紹介
した易学あや先生の恋愛相談(占い?)は某ラジオ番組の中の1コーナーなのだが、その番組
には他にも「受験相談のコーナー」ってのがあった。リスナーからの受験に関する悩みや相談事
を大手有名塾の先生が親身になって回答してくれるのである。しかし、まぁ、ここでの相談って
のが、また妙に笑えるのである。

例えば「ウチの息子は中学3年です。普段の定期試験では、それなりの成績を上げられるので
すが、これが実力テストだと急に成績が落ちてしまうのです。一体どうしてなのでしょうか??」 
なんて、とてもマジとは思えないような相談がきちゃうのである。「‘どうしてなのでしょう?’って
アンタ、んなもん、実力がないからに決まっとるやんけぇ!」としか答えようがないと思うのだが、
それじゃ番組にならないので、回答者の先生は「う〜ん、ちょっと緊張しちゃうのかな?」なとど、
トンでもない苦し紛れの回答をしちゃうワケである。

まぁ、この辺の相談はもちろんヤラセだとは思うが、しかし、実際に巷(ちまた)ではこの手のこと
で悩んでいらっしゃる方が大勢いるのもまた事実である。そんな「相談事」の中で、ワタシが心の
底から「アフォか!」と思ってしまうことが1つだけある。それは「○○被害の会」とかに寄せられ
てる相談である。この世には「サラ金被害の会」、「霊感商法被害の会」など、数多くの「被害の会」
が存在するが、どうして彼らが「被害者」なのか、ワタシにはまったく解からない。

まずサラ金だが、1)公定金利を遥かに超えた高金利、2)過剰融資などは、もちろん違法行為
である。でも、自分は‘被害者’だと主張している人々は、借りる時には「高金利でもイイ。50万
借りようと思っていたら、100万円も貸してくれた。ありがたい!」と思ったワケである。そもそも
ケツに火が点いてる人間ってのは、未来のことなんか考えちゃいない。(まぁ、逆に言えば、未来
のことを考えてないから、ケツに火が点いてしまうのだが・・・・) つまり、「借りたものは、いつか
必ず返さなければならない」という、メチャメチャ当たり前の論理すら欠落してしまっているので
ある。違法な高金利であることを承知の上で借りておきながら、今さら被害者も何もないだろうと
ワタシは思ってしまう。恐らく、この手の人々は、例えそれが銀行など合法的な金融機関からの
低金利での融資とか、友達からの無利子借金であったとしても、あれこれと理由をこじつけて、
結局は返さないと思う。基本的に被害にあっているのは、どう考えても貸した方である。

さらに、「霊感商法被害」であるが、よくもまぁ、こんな恥ずかしいことを相談する人がいるもんだ
と思わず感心してしまう。この際ハッキリと申し上げるが、二束三文の価値しかない印鑑やツボ
を高額で買ったのは、自称「被害者」の皆さんがバカだったからである! サラ金の時と同じこと
だが、買おうと思った時は、その印鑑なりツボで幸せになれると自分は信じていたハズである。
常識ある一般の人々ならば、絶対に買わないであろうチンケな品々を、自分の意思で購入した
のである。それを「幸せになれなかった」という理由だけで憤慨するのであれば、神社のおみくじ
だって詐欺になってしまうし、デブったアメリカ人からすりゃ、ダイエットコークだって詐欺になって
しまう。

「おみくじ」とか「ダイエットコーク」は安価である。一般人はこの程度の金額であれば、別に騙さ
れても文句はないワケである。逆に言えば、普通の人々は、この手の「幸せ商品?」に対しては
100〜200円程度の出費が妥当であり、それ以上の金額を注ぎ込むなんて、めちゃアホらしい
と思っているのである。それを相手の言い値を間に受けて、それが妥当な金額であると判断し、
そして自らの意思で購入したのだから、ワタシなら相手のことを非難する前に、自分の愚かさを
嘆くであろう。いや、それ以前に、幸福をお金で実現しようと思っている時点で、既に大きな間違
いを犯しているとも言えよう。

その昔、「情報収集」というのが非常に大切だと言われていた時代があった。それがネット時代
に突入してから、個人でも「情報発信」をすることができるようになり、情報の氾濫した現在では
「情報分析」と「情報選択」というのが重要になっている。昨日の「ヤラセと演出」のマトメの部分
でも少し書いたことだが、このような時代を生き抜くのに必要なのは、氾濫する情報の中から、
何が事実であり、どれが虚構なのか、それを冷静に見極める能力である。ひがいちゃの皆様、
お解りですか?



葉月拾弐日(火) 「得々情報 in BKK!」
ご存知の通り、9月中旬から日本に出稼ぎに行くのだが、その帰りにバンコクに立ち寄り、ある
事に再び挑戦してくる予定である。その「ある事」とは、ジャ〜ン、「バッパー体験」である!!!

「バッパー」とは、Back-packと呼ばれるバッグを背中に担ぎ、安宿を転々としながら旅を続ける
人々のことである。沢木耕太郎の「深夜特急」を読んで以来、ワタシは異常なほどバッパーって
のに憧れてしまい、バンコクを訪れる度に挑戦しようとしたのだが、いつも超初期の段階で挫折
してしまうのである。挫折の原因はいろいろある。例えば・・・・・・
    
  1)気持ち的には空港に到着するまでやる気マンマンだったのだが、空港ターミナル
    の外に出た途端、その暑さにビックリしてまい、気がついたらエアコンのガンガン
    効いたタクシーに乗っていた。

  2)気持ち的には1泊500円程度の宿(バッパーの平均的な料金)に泊まるつもり
    だったのだが、ガイドブックに「エアコンなし」と書いてあったのを見た途端、気絶
    してしまった。

  3)気持ち的には、せめて食事だけはすべて屋台で済ませようと思っていたのだが、
    ご主人様の命令に背いて勝手に指が電話のダイヤルを回し、まるで心霊現象の
    ように「あ、ルームサービスお願いします。まずビールを5本と・・・」などと口走って
    いた。

                                              ・・・・・などなどである。
ホントは「挫折の原因」を詳しく分析して書きたいところなのだが、そんなことをすれば、またあの
嫌味なオヤジに「言い訳の分析で字数稼ぎするな!」と怒られてしまうので、今日のところは止
めておこう。(笑)

まぁ、とりあえず気持ち的には「バッパー・デビューしたい♪」とは思っているので、いつもワタシ
はバンコクを訪問した時には、「Back-pack's Paradise(バッパー天国)」と呼ばれているカオサン
地区に宿をとることが多い。さすがにエアコンなしの宿はキツイので、「ビエンタイ・ホテル」って
ところにに泊まっている。このホテル、カオサン地区の中では「最高級ランク」の格式高きホテル
である!(あくまでもカオサン地区での話ネ。笑) 宿泊料金はスタンダード・ルームで約4,000
(旅行代理店経由であれば2,500円程度になる)、スイートでもナント1万2千円ほどである。

             オリジナルHP・・・・・ VIENGTAI HOTEL

さて、実はここまでが今日の話題の前フリなのである! カオサンと言えば、世界中の国々から
バッパーがやって来て、それこそ1年中お祭り騒ぎをやっているような街であり、まぁ、それだけ
でも充分に楽しめることは楽しめるのだが、日本人の女性であれば、もう1つ違った楽しみ方と
言うか、もはや感動に近い体験ができることで有名なのである!

ビエンタイホテルの裏手、ちょうどアメ横みたいなゴミゴミした通り沿いに1軒のデパートがある。
「デパート」と言っても、日本のデパートをイメージしてはイケない。入口がどこにあるのかもよく
解からないようなデパートである。怪しげではあるが、別に危険なデパートではない。デパートの
中は近所に住む、ちょとだけ裕福なオバちゃん連中が多いので、日本人の女性が1人でも安心
して入ることができる。「感動の体験」ってのは、ここの女性下着売り場でできるのである!

知人の女性の報告によると、とにかくアホほど安いらしい! ワコールとかトリンプなど、日本の
有名メーカーのブラとか下着類が、日本の1/4から1/5くらいの価格、つまり1,000円〜1,500
で買えてしまうらしいのだ。種類がちょっと少ないことと最新作は置いていないという難点はある
ものの、物自体はまったく問題ないそうである。もちろん試着もOKだし、店員さんがアドバイスも
してくれる。また2〜3枚ほどマトメて買えば、値札からさらに2割ほど安くしてくれるそうである。
まぁ、男のワタシからしれてみれば、あんなにちょっとしか布を使っていないブラジャーが、最低
でも5,000円以上する日本価格の方が異常だと思わんでもないが・・・・・。

そんなワケで、日本で買うことを考えれば、カオサンでブラの5〜6枚でもGETすりゃ〜、充分に
バンコクまでの航空券代くらい浮いてしまうことになる。女性の皆様、如何っすかぁ?

  追記   今日の徒然を書いていてふと思ったのだが、ブラジャーって何て数える
        のが正しいんだろうか? 1枚2枚であっているのであろうか? それとも
        1個2個?? はたまた1本2本?? 意外なところで1竿2竿とか???



葉月拾参日(水) 「大計画 in BKK!」
ワタシは今、性懲りもなく9月にバンコクを訪問した際の壮大な計画を練っている。掲示板では
「無理、無理!」とアッサリ一刀両断されてしまったが、まぁ、「あなたならきっとできる!」なんて
ヘタに期待されるより気が楽である。(笑)

で、今回の計画の骨子だが、下記の3つにチャレンジしてみようと思っている。
    1)空港からカオサンまで列車+バスで行く。
    2)ゲストハウスに宿泊する。
    3)3食とも屋台で食事をとる。
    4)チェンマイ観光をする。

まず空港から市内への交通手段だが、これまでワタシはいきなりエアコンなしのバスに挑戦
しようとしていたのだが、ベテラン・バッパーの友人によると、これは「ボクシング・ジムに通い始
めてまだ3ヶ月くらいのヤツが、マイク・タイソンに挑戦するようなもの」と諌(いさ)められてしま
った。そこで今回は無理をせず、列車+エアコン付の路線バスを利用する予定である。これまで
の調査によると、終点中央駅(ファランポーン)で列車を降りた後、駅正面を出て東側の道路を
しばらく北に進み、三叉路を左方向に入ったところにバス停があるらしい。そこから53番のバス
に乗ればカオサンに行けるとのこと。な〜んだ、実に簡単じゃないか!! もう机上の演習では
カンペキである!

次に宿泊先のゲストハウスだが、これはカオサンに辿り着いてから、まず部屋を見せてもらった
上で決めることにした。ここでも無理をせず、初心者なのでエアコン付の部屋にする。噂によると
ゲストハウスのエアコンってのは、温度調整というものが付いていないところが多いらしく、電源
を入れるとメチャメチャ寒くなってしまい、消すとクソ暑くなってしまうそうだ。でも心配ご無用!!
(って、誰も心配はしていない?) 実はワタシ、昔からエアコン大好き人間で、天然の寒さには
弱いのだが、人工的な寒さには滅法強いのである! 一応、ゲストハウスの候補として、下記の
3つを予定している。

       1)Siam Orientral Inn   2)Woraburi Khaosarn Inn   3)Terrace GH

そして屋台での食事であるが、これはな〜んにも問題ない。実はワタシ、元々「屋台」ってのが
大好きなのである。カオサンに行った時には、深夜になると必ず屋台にラーメンや焼き鳥を食べ
に行っている。日中カンカン照りの時や雨の日、そして疲労困憊でもない限り楽勝である。

さて問題は4)のチェンマイ観光である。何を隠そう、ワタシは過去にバンコク観光にチャレンジ
したことがあるのだ! 昨日紹介したビエンタイ・ホテルの1Fには某旅行代理店があるのだが、
ここで観光通訳の方を1日雇って、市内を観光しちゃおーじゃねーか!と意気込んでいたワケで
ある。で、フロント前で通訳が来るのを待っていたら、約束の時間を30分過ぎた頃、とても陽気
な兄ちゃんが現れて、「は〜い、わ〜たしはぁ、つ〜やくさんで〜〜す♪」と声をかけてきたので
ある。この瞬間、ワタシは「ダメや・・・・」と思ってしまった。案の定、ボートに乗っている時も、遠く
の方にある寺院やビルなどを指さして、あろうことかワタシに、「あ〜れは、な〜んですかぁ?」と
尋ねまくるのである。思わず「ガイドのアンタが知らないものを、なんでゲストのワタシが知って
るんじゃ!」とツッコンでしまった。(笑) さらに「つぎは〜、ウイ〜クエンド・マ〜ケットにい〜きま
しょ〜ね〜ぇ」と言うのはイイのだが、その日は思いっきり平日であった・・・・・。「一日観光」って
ことで契約したのだが、結局は午前中にちょこっと観光モドキをしただけで、午後にはホテルに
戻って来て、ホテルのレストランでその通訳氏と夜までず〜〜〜っと一緒に飲んでいた。皮肉な
ことに、この時が一番楽しかったように思う。(笑)

てなことで、どうも観光に関してはイヤな予感がプンプンするのである。そこで「観光の達人」で
ある皆様にぜひぜひ教えて戴きたいんですがぁ、カオサンからチェンマイ観光をするのに、一番
良い方法ってのは、やっぱりツアーに参加することなんすかねぇ? それとも電車やパス等を乗
り継ぎ、個人で行った方がノンビリとできるのかなぁ?? その他、何か注意すべき点などがあ
れば、ぜひアドバイスのほどを! まぁ、無理をせず、チャレンジしてみまっさぁ。

      
        屋台の焼き鳥(カオサン)           屋台のラーメン(1杯50円・・・だったかな?)



葉月拾四日(木) 「議論の在り方」
8月11日付の徒然をめぐって、掲示板ではなかなかHOTな投稿が飛び交っている。掲示板が
活気づいてくるってのは、非常に喜ばしいことである。何がツライって、掲示板にだーれも投稿し
てくれないほどツライものはない。「最新の投稿は去年の12月」な〜んて事態になろうものなら
ば、思わず掲示板の廃止すら検討してしまうことであろう。(笑)

さて、掲示板の議論であろうが、実際に会っての議論であろうが、非常に気になることってのが
1つだけある。それは「マイナーサンプルによる反論」である。 例えば、テレビ番組などでゲスト
解説者である心理学者が、「近頃の若者はキレやすい」と言ったとしよう。この意見はあくまでも
「そのような傾向がある」又は「他の年代層と比較して、そのような人が多い」と云う意味である。
これに対して「若者全員がキレやすいワケではない。事実、近所のお兄さんは非常に温厚だ。」
という感じの反論をする人が必ず1人はいるのだが、ワタシには非常に不思議に思えてならな
いのだ。 

例えて云うならば、「北極星だって他の星と同様に実は少しは動いている」と、声高々に主張し
ているだけのように思えるのである。厳密に云えば、確かに北極星も北の空で時計と反対周り
の回転運動を繰り返している。しかし、他の星と比較すれば、その動きは一般的には無視でき
るほど小さい。船乗りが北極星を参考にして航海をしたのも、北極星がほとんど動かず、いつも
ほぼ真北の方向を指し示しているからである。

中学生の頃、数学で「度数分布図」というのを習ったことがあると思う。例えば、クラスで国語の
テストを実施した結果を、0点から10点が1人、10点から20点が5人とか云った具合に統計を
とり、それを棒線グラフとか折れ線グラフなどで表した図表である。度数分布図で最も山の高い
部分、つまり最も人数が多かった部分のことを「モード(最頻値)」という。そしてこのモードにより
そのクラスのレベルが解かるワケである。つまり3年2組のモードは40点〜50点の間であった
のに対し、3年3組のモードは80点から90点であったとする。すると、統計学的には3年3組の
方が2組よりもレベルが高いということになる。

もちろん、そのレベルの高い3年3組の中にだって、10点しか採れなかった子もいるであろう。
逆にレベルが低いと見なされた3年2組の中には満点を採った子がいるかもしれない。しかし、
モードの話をしている時にそのようなマイナー・サンプルを出したところで、モードには何の影響
も与えないし、当然ながらその値を変えることもできない。

ほとんどの社会論評というのは、このモードを見ながら書かれている。徒然もまたしかりである。
書き手としては、「もちろん、すべてが〜というわけではない」などと、イチイチ例外があるという
ことを断りながら書いた方が、妙なツッコミを入れられる心配がないので安心ではあるが、その
反面、非常に言い訳がましい文章になってしまう。そのあたりのことをご理解戴ければ幸いであ
る。



葉月拾伍日(金) 「暑中見舞い」
こんにちは、ダン隊長です。たいへんご無沙汰しております。

暑いんだか寒いんだか、よくわかんない日々が続いておりますが、みなさまいかがお過ごしの
ことでしょうか? 私は昔から暑い暑いと云われております京都で何年も夏をやり過ごして参り
ましたので、少しばかりは耐久力があると思っているのですが、風鈴の音もうちわの風も、もう
絵のなかの涼しさでしかなくなってしまいました。哀しいことです、暑さに身体が耐えられなく
なってきているようなのでした。

先日、子供の落書きである蝉の絵入りの愛車ワゴンRが、とうとうエアコンに支障を来しまして、
どうせ古い車だから「・・この夏エアコンなしで乗り切って、次の夏までに買い替えまひょ・・・・」と
2,3日頑張っていたのですけれども、とんでもなかったです。こおゆうのを「ジゴク」と呼ぶのだ
と改めて知り、あっさりと修理に出してしまいました。哀しいことです、昔うちの親父の車には
エアコンなんかなく、ちいさな扇風機が回っていただけというのに・・・・。

ある午後、ナンブ鉄の風鈴を指先で無理やり鳴らし、舞妓さんのうちわで生暖かい風を首筋に
流している私のもとを「カラスもどき」が横切りました。
          
   ん? なに?? あ、息子だったのね・・・・・。

小学校2年生の息子は、暑さを暑さとせず、真っ黒に日焼けして毎日走り回っております。

   「お前ね、暑くないの?」
   「そりゃアツイ」

そりゃそおだと思いました。

   「お前ね、頭に水かけたり、水飲んだりしないと、馬鹿になるよ・・・」

                 ★      ★      ★     ★

3歳の娘が100円ショップで買ってきたピンク色の小型水着を着て、こちらをじぃと見ています。
身体を小型浮き袋に通して土星のようになったまま、こちらをじぃじぃと見ているのです。

   「ぷうるハイル」
   「母さんはどこ行ったの?」
   「カアサンは買い物行った」
   「じゃ、お兄ちゃんはどこ行った?」
   「ニイちゃんは走って行った」
   「じゃ、父さんしかこの家には居ないの?」
   「居ないノ」

娘をちいさなビニルプールに入れ、私はワゴンRのなかでエアコンの風に当たりながら見守って
いようと決心しますが、3歳の娘に認めてもらえるわけがありません。けっきょく、プールのそばに
立ち、水掛け役になりました。水を勢いよく掛けてやると、キャーキャー云って喜びます。喜ばれ
るとつい水を強くしたり、雨みたいに高く降らせてみたりしたくなるのですが、10分ほどそうして
いるうちに暑さのせいでさすがにメマイがして来ました。

   「ねえ、暑くない?」
   「さぶい」

ちょっと水を掛け過ぎてしまったようです。唇がややムラサキ色になっています。

   「寒いんだったらプールから出て、道路の上でゴロンとしてたら気持ちいいよ・・・・」

あ、しくじった! んなこと云ったら、きっと娘は「とうしゃんも一緒に」と云うに違いありません。
私んちは駅前にあり、前の道は電車が停まるたびに人が行ったり来たりします。娘がちいさな
ビキニを着て往来の真中で寝転んでいると、それだけで余興になるのでしょう、通りがかりの
人も思わず顔をほころばせて声をかけてくれます。

   「・・・・ああ、気持ちよさそうねえ、パパと一緒に嬉しいねえ・・・・・・」

白い日傘をさした上品そうな初老の女性が腰をかがめて娘を相手してくださいます。娘は道路
で大の字になったまま、ニコニコしています。

   「じゃぁね、お嬢ちゃん」

白髪の女性は娘に手を振ると、娘の脇で同じ大の字になっている汗だくの私のほうをチラリと
みると、軽く会釈したあと小声で一言おっしゃって、ツトツトと、しとやかに歩いて行かれました。

   「お大事に・・・・」
   「・・・・・・・・・・・」

                                 ・・・・・・・・ある夏の日の出来事でした。



葉月拾六日(土) 「読書と便意」
ほとんど無趣味に近いワタシにとって、唯一の楽しみが寝る前の読書である。寝付きが異常に
悪いこともあり、いつも布団に入ってから2〜3時間は読書に耽っている。これは、もう学生時代
からの習慣である。

ワタシの住むクライストチャーチ(NZ)では、日本の書籍を手に入れることはほとんど不可能で
ある。従って、いつも日本に出稼ぎに行った時に、マトメて大量に購入してくるのが恒例となって
いる。昔と異なり、ここでもインターネットというのが大活躍する。ご存知のように、今やネットを
使って書籍を注文し、そして指定の場所まで郵送してもらえる。ワタシはいつもこれを利用して、
注文した書籍を関西空港又は成田空港に郵送してもらい、そのままチェックイン・カウンターに
向かって受託手荷物として預けてしまう。先日、日本に戻った際には、タイタニック関連の書籍
をマトメ買いした。以前、徒然草でも書いたように、実はワタシ、「隠れ客船オタク」であり、特に
タイタニック号など豪華巨大客船ってのに対してホントに魅力を感じてしまうのだ。

ネットを通しての書籍購入は便利だし非常に能率的ではあるのだが、やはり実際に本屋に足を
運んで、そこであれやこれやと物色するのも非常に楽しいものだ。しかし1つだけ大きな問題が
ある。それは本屋に行くと、なぜか便意・・・即ちウンコに行きたくなってしまうのである! これは
ワタシだけの性癖かと思っていたのだが、先日、作家の浅田次郎氏のエッセイを読んでいたら、
同じようなことが書いてあり、妙に安心してしまった。

しかし天下の直木賞作家ともなれば、やはり洞察が鋭いというか、ワタシのようにタダ単に便意
を感じればトイレに直行するというのではなく、便意を押さえるための素晴らしいアイデア
紹介してあった。本屋で立ち読みをしている最中に便意を感じた場合には、まずはオモムロに
その場にしゃがみ込む。その際に、陸上短距離走のクラウチング・スタートの「位置について」の
姿勢をとる。そして右足のカカトの部分を、さりげなく肛門付近に押し付けるのである。こうすると
不思議なことに便意が一時的に緩和されるそうなのだ。

で、早速ワタシは実験してみたのだが、効果テキメン!! マジでそれまでの便意がまるでウソ
のように引っ込んでしまったのである! さらに驚いたことに、注意深く観察をしてみると、周囲
には結構この姿勢で立ち読み(正確には座り読み?)している人がいたのである! まぁ、彼ら
全員が浅田次郎氏のエッセイを読んでいたとは考えにくいし、それ以前に全員が便意を催して
いたワケではないのだろうが、これまたワタシは妙な安堵感を覚えてしまった。(笑)

それにしても、なぜ本屋に行くと便意を感じてしまうのであろうか? 不思議に思ったワタシは
何人かの知人に聞いてみたのだが、人によって便意を感じる状況ってのがバラバラであること
が判明した。ある人は、搭乗アナウンスが流れ、いよいよ飛行機に乗り込むって時に、必ず便意
を催すそうである。また他のある人は、展望台や橋の上など、高いところに立った時に便意を感
じると言っていた。方向性は違うにしても、どうやら何かワクワクして、ちょっとコーフンした時に
便意を感じるらしい。確かにワタシにとっても、本屋での物色はワクワクすることである。

もしかしたら、この作用を上手く利用すれば、画期的な便秘解消法が発見できるかもしれない。
ってなことで、臨床例を集めるためにも、マジにトイレに行きたい場合以外に、どのような状況で
便意を感じるのか、皆様の体験談をお聞かせ戴ければ幸いである。全国1000万人?に及ぶ
便秘患者のためにもご協力を!

            



葉月拾七日(日) 「童顔って損?」
みなさま、ご無沙汰しております。チョコリストです。ネットでニュースを観ていると、日本はとても
夏とは思えないような異常低温が続いていると書いてありましたが、お体の調子など崩されてい
ないでしょうか?

さて先ほどし〜さまから連絡がありまして、「労働が終わったので、さっさと自宅に戻って徒然を
書こうと思っていたら、母と離れ離れになり国道を彷徨(さまよ)っていた気の毒な子羊がいて、
一緒に母を探してほしいと頼まれてしまった。従って、残念ながら今日の徒然は書けそうにない
ので、代わりに書いておいてほしい」と言われてしまいましたので、久しぶりにガンバッテ書いて
みようかと思います。(笑)


                     ★    ★    ★    ★


以前、し〜さま自身が徒然にも書いていましたが、し〜さまは実年齢より、かなり若く見えます。
そして私もし〜さまほどではないのですが、若くみられがちで、今日も料理に使うワインがほしく
て買い物に行ったら、いつものようにIDを求められました。(笑) 「いつも年齢より若くみられる」と
言えば、必ず思い出す1つの事件?があります。
 
それは彼女が25歳の時。当時、彼女は幼稚園の先生をしていました。幼稚園では毎年、春と秋
に遠足というものがあります。その年の春、父兄同伴で遊園地に遠足に行ったのです。遊園地
に着き、全員の降車を確認し、彼女は忘れ物がないか再度バスの中を確認してから、皆の元へ
向かおうと急いで走り出しました。

その時です、、いきなり、見知らぬ2人の女性がが彼女の両脇にきて腕をつかまえるではありま
せんか。「えっ、、何??」と思っていると、1人の女性が彼女に向かってかなりキツイ口調で言い
ました。

       「あなたK高の生徒でしょ。学校さぼって何してんのーぉ。。」

彼女が「違います!」というと、今度は「えっ、違うって、じゃぁ、T高の生徒なの?」とさらに厳しい
口調で問い詰めます。

       「私は高校生じゃありません。幼稚園児の引率できているんです!!」

それでも、まだ信じていないらしく、腕を放してくれません。彼女は仕方なく、「園長先生ーー!」
と叫んで助けを求めました。その大きな声に、一緒に来ていた父兄達も、もちろん気がついて、
何事かとこちらを見ます。園長先生が来て、やっと、その2人は腕を離してくれました。その女性
達は、婦人警察官で、よく近くの高校生が学校をさぼり、この遊園地に来ているらしく、その日も
見回りをしてたところだったのです。
 
疑いも晴れて、ほっ、とするや否や、今度は、父兄たちから大笑いの渦。。園長先生も、「長い間
園長してるけど、初めての体験だったなぁ〜」なんて呑気なことをいってます。遠足の方は何事
もなく無事に終わりよかったのですが、それから、しばらくの間はこの話題でもちきりでした。

若く見られるなというのならばまだしも、「幼く見られてる」というのは、どうも日常生活の上では、
あまり喜ばしいことではないようです。。。。(笑)



葉月拾八日(月) 「日本酒バンザイ!」
アルゼンチンに行くまでもなく、子羊の母親は無事に見つかり、今日はワタシがバッチリと徒然
を書くことができる。(←ナンのことか解からない方は、掲示板の726番を参照してくらはい) 

それにしても、先週はお客様が大勢いらっしゃったこともあり、ホントによく飲んだ!花のお江戸
から遊びに来られた某御夫妻から、「手土産に」と日本酒を8本を筆頭に、干物や辛子明太など
山海の珍味を頂戴したのだが、これでスッカリ気が大きくなってしまったワタシは、ビールや各種
ワインなんぞには目もくれず(イヤ、少しは目をくれたが)、日本酒をガブ飲みしてしまったのだ。

干物を肴にして飲む日本酒は、もう最高! びゅーてぃふる!! とれびあ〜ん!!!である。
天にも昇るような気分で酒を飲んでいたら、「骨酒」の話題が持ち上がってきた。A級風グルメの
中にレストランの料理を紹介するコーナーがあるのだが、その和食部門で「量平(東京・水道橋)
という寿司屋さんを紹介してある。このお店は某御夫妻を始め、三代目さんやわかば&すみれ
さんらCA軍団など、非常に胡散臭い・・・・もとい! 素敵な方々がよく行くお店なのだが、ここの
「骨酒」ってのがまた絶品なのである!

・・・・・と、ここでふと思ったのだが、日本酒を飲まれない方だと「骨酒ってナニ?」ってことになる
と思うので、簡単に説明をすると、刺身や焼魚として調理した後に余った魚の骨を、天日でよく
干した後、炭火で香ばしく焼き上げ、それを底の深い皿とかお椀に乗せて、その上に熱燗をドッ
と注ぎ込んでこんで作る、いわば日本酒版のカクテルである。日本酒版のカクテルってのも奇妙
に感じるかもしれないが、この他にも鮎やイワナなどの川魚を焼き、これまたお椀に盛り付けて
そこに日本酒をタップリと注いで飲む「鮎酒」や「岩魚酒」、そして身を食べた後のカニの甲羅に
日本酒を注ぎ込んで炭火で焼いて飲む「甲羅酒」など、結構種類があるのだ。

で、話は元に戻るのだが、骨酒の話をしていれば、当然ながら骨酒が飲みたくなる。そうなると
ワタシは異常なほど脳が活性化し、時として素晴らしいアイデアが浮かぶのである。我々の目
の前にあった干物の残骸、当然ながらそこには骨もある。ワタシはさっそくその骨をオーブンで
焼き、そして深皿の上に置いた後、1cm角の出し昆布もセットし、そこに超熱燗の日本酒を注ぎ
込んでみた。すると、これがかなりイケてたのである! 特に天然塩をちょいとナメながら飲むと
超A級風・日本酒版カクテルに変身である! 皆さんもぜひチャレンジして戴きたい一品である。

ところで、日本酒というと若い人からすればマズイとか臭いというイメージがあるかもしれない。
さらに魚自体がキライな方にとっては、「骨酒なんてトンでもない!」って話になることであろう。
そこで、若い方向けに、とっておきの日本酒カクテルをご紹介しよう。準備するものは、できるだ
け安い日本酒、そしてチューハイなんかでよく使うライムのジュース原液、以上2点である。まず
水割り用グラスに氷を入れて、そこにタップリと日本酒を注ぎ込む。そして小さじ1杯分くらいの
ライム・ジュースを注ぎ込んで混ぜるだけ。たったこれだけのことなのだが、恐らくほとんどの方
が、まさか日本酒がベース(というよりは95%が日本酒)だとは気が付かないと思う。それくらい
いわゆる「日本酒臭さ」ってのが見事に消え去ってしまうのである。従って、「日本酒は苦手」と
云う方でも絶対に楽しめると思う。これを機にぜひ日本酒にチャレンジされてはいかがっすか?

             
                           お土産の数々
追記
ちなみに、京都・太秦におっぺけ亭という居酒屋があるのだが、この店で「サムライ・ロック!」
と注文すれば、この日本酒とライムのカクテルが出てくるので、京都在住の皆様はぜひどうぞ!



葉月拾九日(火) 「行く河の流れは・・・・」
久しぶりにアホほど忙しい日々が続いていて、寝不足の状態が続いている。正確に言うと、多忙
というよりは、今までサボっていたシゴトの締め切りが、一気に来てしまったという方が正しい。
そんなワケで、今日の徒然は「盆休み」ってことでゴマかそうと思ったのだが、そんなことをすれ
ば小姑(こじゅうと)のような某オヤジが、絶対に「ずっーと休んでいて下さい」と掲示板にカキコ
して喜ぶと思うので、意地でも書くことにした。(笑)

                  ★     ★     ★     ★

さて昨日の徒然では日本酒についてチラリと書いたが、日本酒ってのもここ十数年でイメージが
がコロっと変わったよなぁ・・・・とシミジミ思ってしまうことがある。特に冷酒(ひやざけ)なんざぁ、
ちょいと前まで星一徹(←若い方は知らないかな?)を代表とするアル中オヤジの必須アイテム
みたいなもんで、コップに溢れるほど注ぎ、「ゴクゴク・・・・カ〜ッ、きくねぇ〜」などと唸り声をあげ
飲んでいる姿ってのは、まぁ、お下劣最前線だったワケである。(笑) ところが今じゃ、居酒屋や
小料理屋で若い女性同士が冷酒の入ったグラスを片手に、おしゃべりに花を咲かせている姿も
珍しくはない。これは洗練されたラベルで上品なイメージのある4合瓶の冷酒(れいしゅ)の登場
が、大きな影響を与えたのかもしれない。それまでは、大きな一升瓶をコップに注いで出してい
たのだが(いわゆるヒヤザケ)、このやり方はやっぱ上品さには欠ける。その点、4合瓶の冷酒
(れいしゅ)であれば、ワインのフル・ボトルよりも一回り小さいので、女性によく似合うと思う。

ココ十数年でイメージが変わり、一般大衆化された物ってのは他にもまだまだある。その代表格
とも云えるのは、間違いなく携帯電話であろう。ほんの10年ほど前までは、ありゃ金持ちか多忙
な企業経営者だけが持っていた。それが今じゃ小学生まで持っているのだからオドロキである。
中には「携帯持たなきゃイケないほど忙しくはないだろうに・・・」と思える人まで持っている。(笑)
一般大衆化の原動力は、ナンと言っても料金の引き下げであろう。今から12年ほど前、ワタシ
が初めて携帯電話(セルラー系)を買った時は、確か最初にかかる費用が10万円、そして月々
の基本料金が1万7千円もした。それでもNTT系よりは通話可能圏が狭い分、かなり安い方で
はあった。それが今では最新の機種でもない限り、電話機自体はほとんど「タダ」だし、いろんな
タイプの料金設定も用意してある。こりゃ流行らないワケがない。ちなみにNZでは、カメラ付の
携帯電話ともなると、1台10万円近くする!! なまじ日本の携帯事情を知っているので、アホ
らしくて買う気がまったくおこらない。

この他、海外旅行も一般大衆化されたし、競馬だって市民権を得た感がある。鴨長明は方丈記
の中で「行く河の流れは絶えずして、またもとの水にあらず・・・・・・・」と書いた。まさにその通り、
今も昔も、そこに住んでいるのは同じ人間(のはず)なのだが、時の流れとともに随分と価値感
も変わり、よく見ればまったく別の人間が生活しているように見えてしまう。いろんなモノが一般
大衆化されたことによって、生活はより豊かなものへと変化していった。それなのに逆に人々の
心が荒廃していくのは、どうしてなのだろうか? そんな素朴な疑問が、時として我々を郷愁の
世界へと誘(いざな)っているのかもしれない・・・・・。



葉月弐拾日(水) 「比較」
飛行機に乗って1万m上空から街を眺めていると、なんだか大らかな気分になれることが多い。
普段は自分自身もその街の中で1つのパーツに過ぎず、見えているのは自分の周りのことだけ
であるのに対し、上空からだと全体がよく見えるから、そんな気持ちになれるのかもしれない。
もしこれが宇宙から地球を眺めたりなんかしたら、そりゃ人生観だって大きく変わり、アホらしくて
戦争なんてしなくなることであろう。

日常では感覚的になかなかイメージできないことを、もっと簡単にイメージする方法として、比較
というのがある。例えば「太陽の直径は139万2千kmである」と言われても、ぜんぜん見当が
つかないが、後に「これは地球の約109倍もある」と続けば、少しはイメージできるようになり、
「仮に地球の大きさを米粒くらい(1.2mm )だとすれば、太陽は野球のボールくらいの大きさ」と
書いて、初めて「なるほど!」と思うことであろう。

物の本によると、地球と太陽の平均距離は約1億4960万kmだそうである。これまたあまりに
大き過ぎてピンとこない数字である。これも先ほどと同じように、地球と太陽の大きさをを米粒と
野球のボールに縮小して計算すると、約14.9mほど離れたところにある感じだ。因みに地球から
最も近い星(木星や金星など、太陽系の惑星は除く)までは、光の速さで4.3年もかかる。光って
のはメチャメチャ速い。たった1秒間で地球を7周半(約30万km/秒)もしてしまう。この光でさえ
4.3年もかかるってことは、アホほど遠いわけである。でも、やっぱりこれもピンとこない。そこで
また米粒に登場してもらうと、太陽(野球のボール)までは14.9mだったが、一番地近い星まで
の距離は、ナンと4,068kmもある! これは大阪から香港までの距離とほぼ同じである。ここに
きて初めて、「おおお!! 宇宙ってのはメチャメチャ広いんだなぁ・・・」と解かるワケである。

さて、今度は時間に目を向けてみることにしよう。地球の推定年齢は約46億才だそうだ。ワタシ
の周囲には46億才の人はいないので、どうもピンとこない。人間は許容範囲を越えた単位を目
の前にすると、驚く前に「ほ〜ぉ、こりゃ相当スゴイんだろうなぁ・・・・」という、漠然としたイメージ
しか沸いてこない。そこで46億年をイキナリ「1年」に短縮して歴史を考えてみることにしよう。
つまり2003年1月1日の午前0時ちょうどに地球が誕生し、現在は翌年1月1日の午前0時だ
と仮定しちまうのである。(便宜上、これを「短縮暦」と命名する)

人類がはじめて地球に登場したのは、約500万年前だと言われている。500万年前といえば
かなり昔、いや、めちゃめちゃ昔のことである。しかし、これを短縮暦に当てはめてみると、人類
が登場したのは、12月31日の午後2時28分41秒ということになる。つまり、「地球の歴史」と
比べりゃれば、人類の歴史なんざぁ、つい最近始まったようなものなのだ。もっと我々に馴染み
深いところで、京の都が誕生したのは今から1200年以上も前の794年のことだが、短縮歴で
見てみると、12月31日の午後11時59分51秒のことであり、「ゆく年くる年」を見ながら、新年
にむけてのカウント・ダウンを始めた頃である。今から135年前の明治維新ともなれば、短縮歴
だと12月31日の午後11時59分59秒07で、お調子者であれば、「Happy New Year!!」と
叫んでしまうことであろう。

かの有名なアインシュタイン博士は「時間とは相対的なものである」と唱えた。当時、「相対性」
という言葉は、一般人には極めて馴染みの薄い言葉であったため、記者団から「相対性という
のは、簡単に云うとどういうことなのか?」という質問があった。すると博士は、「同じ1分間でも、
もし鉄板の上に裸足で立たされれば無限に長いような感じがするが、もし美女と一緒に過ごす
1分間であればアッという間に過ぎ去ってしまうような感じがする。これが<時間の相対性>で
ある」と説明したという。我々は日常生活の中で、様々な悩みを抱えている。そして、そのうちの
いくつかは、まるで永遠に続くかのように、我々を苦しめることがある。しかし、もっと大きな時間
の流れで考えるならば、実はホンの一瞬の悩みなのかもしれない・・・・。

・・・・・・・と、今日はやたらと数字に関する話題を出しているが、これにはちゃんと理由がある!
実は昨日、ワタシは近所の雑貨屋で電卓を買ったのだが、久しぶりに電卓を手にして、何だか
妙に嬉しくなってしまいて、やたらガチャガチャと計算したい気分だっただけなのだぁ!!(爆)  
もし本文中の各数値に間違いがあった場合は、そりゃ単なる計算ミスです。ごめんちゃい(笑)



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