■平成16年3月1日  「無謀な試み」

   最近、寝る前に熱いお茶を飲みながら、NHKの海外衛星放送をボーっと観る
   のが日課のようになっている。まぁ、日本に住んでた時にはNHKなんざ、まず
   観ることはなかったのだが、ここNZでは唯一日本の情報をライブで得ることが
   できるとあって、やたら頻繁にお世話になっている。

   NHKと云えば一般的には「お堅い」というイメージがあるが、どうしてどうして、
   最近じゃ、ティーン・エージャーをターゲットにした番組も数多くある。つい先程
   も「ポップ・ジャム」とかいう音楽番組をやっていた。  「つんく」が司会を勤め、
   (「司会」なんて言葉自体、この手の番組には似つかわしくないなよなぁ・・・・)
   出てくるミュージシャンたちは、これまたみんなアホほど若い! 今日なんて
   「Sweets」とかいう5人組のグループが出演していたのだが、その平均年齢
   ってのが、ナント12.4歳!(百二十四歳ではない!) つまり12歳の小学6年
   が3人と13歳の中学1年が2人という構成なのである。そらもう、オジサンは
   ビックリしてしまったワケである。

   以前に徒然でも書いたかもしれないが、今から25年以上も昔、実はワタシ、
   パチKと一緒にバンドをやっていた。パチKは太鼓で、ワタシはリード三味線
   である。その頃に流行っていたのが、アメリカの「KISS」というバンドで、40代
   の方ならご存知かと思うが、まぁ、云ってみれば「聖飢魔II」の走りみたいな
   バンドであった。我々はこのバンドのコピーをやっていて、バンド・ネームは
   「KASS」だった。(笑) どうもワタシは当時からすぐに「お笑い」に走る悪癖が
   あったようである。

   自分で言うのも何だが、人が言ってくれないので代わりに言うと、高校生に
   しては、わりと演奏レベルの高いバンドだったと思う。そりゃ勉強なんか全く
   しないで、1日軽く8時間もギターを弾いてりゃ、誰だって上手くなるってモン
   だ。 週末にはレンタル・スタジオに行って全員で練習し、ライブ活動とかも
   精力的にやっていた。実際の話、一時はパチKもワタシも、マジでこれでメシ
   を食っていこうかと考えていたくらいである。(笑)

   先程の「Sweets」というグループを観ていたら、自分の青春時代がオーバー
   ラップしてしまい、何だか急にノスタルジックな気分になってしまった・・・・・と、
   ここで大人しく観ていれば問題はなかった。

   ところがだぁ!!  何を勘違いしたのか、ワタシは彼女たち(Sweets)を観て
   いるうちに、ふと素朴な疑問が湧いてきてしまった。彼女たち、激しいダンス
   をやりながら歌っているにもかかわらず、ぜんぜん息切れしてないのである!
   歌っている最中はおろか、歌い終わった後も、素の状態でインタビューに答え
   ていた。これはオジサンにしてみれば、驚異的なことである。相撲取りだって
   取り組み後は、肩で息をしながらインタビューに答えている。それなのになぜ
   彼女たちは平然としているのであろうか??・・・・・・と、素朴な疑問は素朴な
   疑問のままでおいておけば、別に問題はなかった。

   しかーし!! ワタシは好奇心旺盛なオジサンである。 ふと「ひょっとしたら
   見た目ほどシンドクはないんじゃないだろうか?」と思ってしまったのである。
   そして、深夜、家人たちも既に寝静まり、誰も目撃者がいないのをイイことに、
   何を勘違いしたのか、ワタシもTVを観ながらダンスして一緒にハミングしてみ
   たのである!・・・・・・そして30秒後、ワタシ、思いっきりゲロりました・・・・・。
   
   てなことで、ワタシはたった今、トイレから戻ってきたばかりで、息も絶え絶え
   に、この徒然を書いている次第である・・・・・ゼイゼイ・・・・・・・・。(笑)



■平成16年3月8日  「取材飛行の罠」
  
   いつものように、インターネットで日本国内の主要ニュースをチェックしていた
   ら、取材中のチャーターヘリが送電線に接触して墜落炎上するという、悲しい
   空の事故のニュースが目に飛び込んできた。ワタシ自身、プライベート機とは
   云うものの、一応は操縦桿を握る者の一人として、この手のニュースはとても
   他人事とは思えないものがある。

   「送電線に接触して墜落」と聞くと、ほとんどの方々が「オイオイ、ちゃんと前を
   見て操縦してたんかいな〜ぁ」という感想を抱くと思う。ところが、ここに大きな
   誤解というか、落とし穴が潜んでいるのである。

   確かに日常生活の中で、我々は何度も送電線を見ている。しかし、それはあく
   までも、立ち止まっている状態であったり、せいぜい時速40 km〜50 kmで走る
   車の窓からの眺めであり、送電線の背景ってのは基本的に「青い空」である。
   普段このような状態に慣れ親しんでいる我々からすれば、事故機のパイロット
   に「どこに目をつけとったんじゃい!」と、文句の一つも云いたくなるのも当然
   であろう。
   
   ところが、コクピットからの眺めというのは、地上で見る光景とはまったく違うの
   である。「そりゃ〜飛行機の方がスピードが速いからでしょ?」と思われるかも
   しれないが、実際、空中では周囲に対象物がないため、スピード感ってのは
   それほど感じない。あれは地面が近づいてきてこそ初めて感じるものである。
   それよりも何よりも、地上の物体や、自分よりも低い高度で飛んでいる航空機
   ってのは地上の風景に溶け込んでしまって、恐ろしく見えにくいのである。
   
   論より証拠、まずは下の画像を見て頂きたい。これはフライトシミュレーターを
   使って、自分よりも1,000ft(約300m)ほど下の海上を飛行するセスナを撮影し
   たものである。

     

   背景が青い海なので、白いセスナの機体が容易に視認できると思う。これは
   我々が普段、青い空をバックにして送電線を見ている状況と非常に似ている
   と云える。ところが次の画像だと、どうであろうか? 
 
      

   これも同じように高度差が1,000ft(300m)ほどあるのだが、自機もセスナ機も
   都市上空を飛んでいるため、先程とは比べ物にならないほど発見しにくいと
   云うことがお分かり頂けると思う。(ちなみに、相手のセスナ機は画面中央)

   上記の比較は、非常に単純なものであり、実はまだ判りやすい方なのである。
   実際に操縦している場合、小型機であれば視界は左右に約300度、上方には
   80度ほど、そして機長席の窓(左の窓)から下方に90度、反対側の窓(右側)
   からは約10度ほど広がっており、そのような広範囲の視界から、たった1機の
   相手機を発見しなければイケないんだから、そりゃマジで大変である。

   それでも、空港近辺であれば管制官が無線で他機に関する情報をパイロット
   に教えてくれるので、慣れてくればまだ割と簡単に視認できるのだが、これが
   山奥にある送電線ともなると、管制官が注意してくれるワケでもないし、飛行
   する前に、あらかじめ航空地図で場所をよ〜〜く確認し、それを基にして現場
   上空で注意深く監視を続けるしか、送電線を発見する方法は無いのである。
   ちなみに、ヘリやセスナなど小型機の場合、基本的には副操縦士がいないの
   で、飛行中に地図で確認する場合には、とりあえず周囲に障害物のない高度
   まで上昇し、そこで安全を確認してから素早く見ることになる。さらに前方だけ
   を見てりゃイイってもんではなく、常に上下左右に前方後方、そして計器類や
   気象状況(山岳地帯は乱気流が発生しやすい)など、すべてに注意を払って
   操縦しなければならないのである。

   まぁ、「飛行のプロフェッショナルたる者が、送電線に接触するなんて・・・・」と
   非難するのは簡単ではあるが、上記でも説明したように、空中から地上や山
   などを背景にして目標物を発見するのは非常に困難な作業であり、ましてや
   送電線のような細い物などは、例え前方にあったとしても、背後が山であれば
   よほど注意をしていなければ、まず発見できないと思う。 さらに、今回事故
   を起こしたヘリは交通事故の取材飛行をしており、パイロットは周囲の安全を
   確認しながらも、出来る限りよい画像を収めてもらうため、一時的に「注意力」
   が取材対象の方に向いていた可能性も高い。(もしかしたら、取材者側から、
   もっと右とか下とか、無理なリクエストが立て続けにあったのかもしれない)

   となると、やはりこのような事故を繰り返さないためには、取材飛行等の場合
   には、機長以外にもう1人、副操縦士を乗務させ、機長は周囲の安全を確認
   しながら操縦に専念し、副操縦士が撮影のためのベストアングルの位置へと
   ナビゲートするなど、役割分担して飛行するなどの対策が必要なのではない
   だろうか? もちろん、その分、経費はかさむかもしれないが、人命には代え
   られないのだから・・・。



■平成16年3月10日  「讃岐むかし話」

   むかーし、むかしのことじゃ。讃岐のある村に頭のすっかりハゲ上がったP作
   という男が、鬼っ子・・・・・・もとい! 嫁っ子と一緒に住んでおったそうな。

   春まだ浅い、ある夜の話じゃ。嫁っ子が寝静まった深夜、野良仕事から戻って
   きたP作は、天界から送られてきた紙芝居を見ることができる不思議な箱の前
   に座り込み、焼酎をあおりながら、ある紙芝居を独りで鑑賞しておったそうな。
  
   ある紙芝居・・・・・・・世間では俗に「春画」、もっと平たく言えば「助平画像」と
   呼ばれている絵が次から次へと出てくる、それはそれは楽しい紙芝居だった
   そうじゃ。お宝モノの春画の数々に、P作はヨダレをたらしながら不思議な箱
   を操作しておったそうじゃ。

   ところがじゃ。しばらくすると、突然、その不思議な箱の調子が悪くなってきた
   そうじゃ。楽しんでいた春画が出てこなくなっただけじゃなく、他の紙芝居も出
   て来なくなったそうな。 突然の出来事に、P作は半泣きになりながら熟睡して
   いた嫁っ子に駆け寄り、「な〜ぁ、おっちゃんのところに電話かけるの、どうした
   らイイの?」と言ったそうな。「おっちゃん」というのは、南蛮の地に住むP作の
   幼なじみの「恣意様」のことだそうな。

   讃岐と南蛮の間には、「時差」という不思議な現象があるそうな。讃岐がまだ
   夜浅い時でも、南蛮は丑の刻、今で言う午前2時過ぎじゃ。そんな深夜にP作
   は遥か南蛮の地まで救いを求めたそうじゃ。
   
   事情を聞いた恣意様は、不思議な箱の中に良からぬバイ菌が進入してきた
   のではないかと思い、「おっさん、とりあえずウイルス・スキャンしてみろよ。」
   と助言したそうな。素直に「うん」と頷いたP作は、さっそくバイ菌検査をしてみ
   たそうじゃ。

   すると、いるわ、いるわ、そりゃもう、バイ菌の巣だったそうな。その数、ナンと
   22匹もおったそうじゃ。(爆) これまで世の中のいろんな噂話を聞いたことが
   ある恣意様じゃったが、さすがにバイ菌22個の侵入を許したバカの話は聞い
   たことがなかったそうじゃ。

   にもかかわらず、まだ事態の深刻さをまったく理解していないP作に、恣意様
   は呆れ果てて、こーゆーたそうじゃ。
 
   「オマエさぁ、事態の深刻さ解ってる? 言ってみりゃ、体内にSARSウイルス
   を筆頭に、鳥インフルエンザ・ウイルスやエイズ・ウイルスなど、22個の病気
   をかかえてるようなモンやぞ。人間ならとっくに死んでるワイ! このバカ!」

   ここにきて、ハゲてるP作も、やっとこさ不思議な箱の深刻な状況が把握でき
   たそうじゃ。さらにバイ菌の種類を検分していた恣意様は、少し気になること
   があったので、P作に質問してみたそうじゃ。
   
   「ところでさぁ、発見されたウイルスって、結構古いタイプのヤツが多いみたい
    なんだけど、WindowsのUP DATEって、ちゃんとやってる??」

   すると一瞬の沈黙の後、P作はまるでアホの子のようなカワイらしい声で、こう
   答えたそうな・・・・・・・








     ‘あっぷで〜と’ってナニ?


   ・・・・・恣意様は思わずメマイがしてきたそうじゃ。それでも、そこは幼なじみ。
   見捨てるワケにもいかず、意味を説明した後、とりあえず検査をしてみたそう
   じゃ。 すると「重要な更新」だけで21個、その他も含めれば43個も見つかった
   そうじゃ。(爆)

   P作は泣きながら、「頼むからこのことは誰にも言わないでくれ!」と懇願した
   そうじゃ。鬼っ子・・・・じゃなくて、嫁っ子の方も、「お願いだから、瓦版に書くの
   は離婚してからにして!」と頼んだそうじゃ。恣意様は、それはそれは優しい
   お人じゃ。だから、決して他の村人に「ガハハハハハ! パチKのバカがよぉ、
   深夜にエロ・サイトを見てて、思いっきりウイルスに感染しやがってよ、その数
   が22個だぜ、22コ!!」とは口が裂けても言わんかったそうじゃ。

     その後、P作の不思議な箱がどうなったかは、誰にも分からんそうじゃ。
     ただ讃岐路に春が来るのは、まだまだ遠い先の話じゃろうて・・・・・・・・ 



■平成16年3月11日  「本能 vs 理性 (前編)」

   皆さんも既にご存知の通り、1997年に神戸で発生した連続児童殺傷事件の
   加害者(21)が、昨日、収監先の少年院を仮退院をした。まぁ、今回の仮退院
   については、人それぞれ、様々な意見があるであろうが、とりあえず1つだけ
   ハッキリしているのは、いずれこの日がやって来ることは、少年が逮捕された
   時から分っていたこと・・・ということである。

   以前に徒然の中で書いたことがあると思うが、ワタシの個人的見解としては、
   この手の猟奇的事件を起こす人間ってのは、基本的に矯正などできないの
   ではないかということである。善悪の判断を誤ったというのであれば、正しい
   認識を与えることで矯正は可能であろう。 なぜなら、「善悪の判断」と云うの
   は、教育を含めた生活環境によって造られた後天的なものであるからだ。
 
   ところが、この事件のような「猟奇的殺人」というのは、ある種の性癖によって
   犯す場合が多い。当たり前の話であるが、「性癖」というのは個人特有のもの
   であり、先天的に各自が持ち合わせているものである。これを矯正することは
   極めて困難であると云わざるを得ない。

   もちろん、人は誰でも性癖というのは持っている。その中には反社会的な部分
   も多々あるであろう。しかし、通常はそれを後天的に与えられた「理性」という
   ものでコントロールして生活をしている。逆にいえば、理性が無くなった時に、
   人間は何らかの犯罪を起こすワケである。

   この加害者の少年院における「更生プログラム」も、恐らく「性癖を抑制できる
   だけの強い理性を身に付けさす」というのが、その趣旨だったと考えられる。
   だが「性癖」の中でも「猟奇的殺人」というものだけは、いかなる理性をもって
   しても、最終的には抑えられないようなもの、つまり限りなく「本能」に近いもの
   のような気がするのだ。

   本能的行動・・・・・これだけは本人や周囲が努力してどうなる問題ではない。
   例えば、肘のある部分を机にぶつけた時、「ビリビリ」と電気が走ったような
   感じになることがある。あれを理性とか努力で無くすことはできない。敢えて
   無くそうと思えば、その周辺の神経を切ってしまう必要がある。これと同様に、
   この事件の加害者が二度とこのような事件を起こさないようにするためには、
   脳の手術をしなければならない可能性だってあるのだ。無論、実際にそんな
   ことが法的に許されるはずは絶対にないし、それ以前に倫理的にも許される
   ものではない。

   我々は憲法によって様々な自由が認められている。しかし、それらの大半は
   但し書きとして「公共の福祉に反しない限り」というのがついている。簡単に
   云えば、「みんなに迷惑をかけないのであれば、何をやってもエエで」という
   ことである。既に仮退院をしてしまった以上、今は只、彼が公共の福祉に反
   する本能を、行動として表面に出さないことを祈るのみである。



■平成16年3月12日  「本能 vs 理性 (後編)」

   今日も昨日に引き続いて「神戸児童殺傷事件」のことについて書こうと思う。

   一昨日、「加害者の男性が10日に仮退院した」という異例の発表がなされた。
   実はこのニュースが流れた瞬間、ワタシは「これってホンマかいな?」と思って
   しまった。なんかニセ情報のような気がしたのだ。もし、この発表が真実だった
   としたら、いくら当局が加害者の所在を秘密にしたところで、必ず写真週刊誌
   の記者が血眼になって見つけ出し、彼のプライバシーを全面的に暴露するで
   あろう。そうなると、当局のこれまでの更生プログラムがすべて無駄になって
   しまうことだって考えられる。

   そうならないようにするには、どうすればイイかといえば、今回の発表よりも
   かなり前に仮退院させるか、もしくは発表よりも実際にはかなり遅く仮退院を
   させるかの、どちらかしかないのではないだろうか? 例えば、実は1年以上
   前から仮退院させておいて、対外的にはまだ少年院の中にいることにしてお
   けば、突然、ある町に少年が引っ越してきたとしても、まさか神戸の事件の
   加害者の男性だとは誰も思わないであろうし、逆に1年以上遅らせて退院
   させればマスコミの関心だって薄くなり、彼自身が追い掛け回される可能性
   は低くなる。いずれにせよ、当局はその面子にかけても彼を立派に更生させ
   たいわけだから、少しでもその障壁になるようなものを減らしたいと考える
   のは当然であろう。

                          ★

   ところで、少年による凶悪犯罪が起きた時のマスコミ各社の反応を見てると、
   なんかワタシ的には腑に落ちないことが多い。一体、何に対して引っ掛かり
   を感じるのかを考えてみたところ、やたらと加害者側の立場にたったコメント
   というか、「加害者擁護とも思えるような報道」が多いような気がしてならない
   からであるということが分った。で、さらに具体的にどのような部分が「加害者
   側の立場に立ったコメント」「加害者擁護」なのかも考えてみた。

   事件や事故が発生した時には、2つ追求が行われる。1つは「原因追求」で
   あり、もう1つは「責任追及」である。少年犯罪についての報道姿勢ってのは、
   どーも「原因追求」が基本になってるような感じである。番組のゲストに著名
   な心理学者や社会学者を呼び、やれ「現在の学校教育の在り方自体に問題
   があるのではないか」とだの、「核家族化した社会環境が事件の背景にある」
   だの、とにかく「加害者だけに問題があったワケではない」というのを前面に
   押し出している。

   ところが、これが政界の汚職や企業の不正、そして事故の場合だと、方針が
   コロっと変わり、原因追求などそっちのけで責任追及ばかりしている。例えば
   2001年1月31日に発生した日航機同士のニアミス事故だが、あの時の報道
   の基本姿勢は、指示を間違えた管制官及び衝突回避装置の指示に従わな
   かったパイロットの両者を糾弾することがメインだったように思う。このような
   場合にこそ、事故の背景に潜んでいる様々な要因を、いろんな専門家を呼ん
   で徹底的に究明するべきではないだろうか?

   神戸の児童殺傷事件の加害者は、事件から6年間を塀の中で過ごしてきた
   わけだが、そこで行われたのは決して「償い」ではない。矯正であり、更生で
   ある。いわば加害者本人のための6年間である。幼い2人の命を奪ったにも
   かかわらず、加害者本人は何の償いもしないまま、自分の未来だけのために
   6年間を過ごしてきたという現実を考えるにつけ、同じ子を持つ親としては、
   本当にやるせない気持ちで一杯である・・・・・・と思ってしまうワタシは、少なく
   とも「理性的」とは云えないだろうなぁ・・・・。


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©Knight Flight 2003. Presented By C-sama, Capt. Dan and Chocolist.