■平成16年5月4日  「名医 in Kyoto!」

   別に虚弱体質ってワケじゃないんだが、やたらとよく風邪をひく。たぶん年間 
   最低でも5〜6回はひいていると思う・・・・で、実はワタシ、今年に入ってから
   早くも4回目の風邪をこじらせてしまい、いま寝込んでいる状態である。

   どーも「風邪」ってのは、人々から軽く見られているというか、同情を受けにくい
   病気の1つである。例えば胃痛とか頭痛だと、周りの人は「大丈夫??」とか
   「お薬ある?」など、かなり気を遣ってくれるのに、これが「風邪をひいてしまっ
   た」と言うと、「また薄着でウロウロしてたんでしょ〜ぉ」とか、「オイオイ、こっち
   にうつすなよ!」など、冷たい視線が飛んでくる。要は「んなもんは、自業自得
   じゃい!」って感じなのだ。

   この傾向は一般人のみならず、病院に行って医師に診てもらっても同様で、
   さんざん待たされた後、やっと診察を受けたかと思ったら、医師がやるのは、
   「ハイ、あーんして下さいネ」と咽の具合を見て、申し訳程度に聴診器を胸と
   背中に当て、最後は「鼻水とか咳は出ますか?」と聞いて、そして「うーん、
   風邪ですねぇ。とりあえず3日分のお薬を出しときますから。」で終りである。
   この間、わずか1〜2分。たぶん、心の中では「んなもん、じっと寝てりゃ治る
   わい!」と思っているのであろう。 確かにこんな診療なら家で寝ていた方が
   余分な体力も使わないし、遥かにマシかもしれない。

   上記のような例は、比較的大きな総合病院や大学病院によくあるパターンで
   ある。 これが小さな病院や診療所だと、すごくジックリと診てくれるのはイイ
   んだが、人がゼイゼイいってる時に、「こりゃ、まず体質改善が必要じゃなぁ。」
   などと、すごーくノンビリとしたことを言い出すのである。「体質改善でも何でも
   する! でも頼むから、まず先に、今のこの苦痛を何とかしてくれい!」と言い
   たくなってしまうワケである。

   てなことで、風邪をひいても滅多に病院に行くことなどないワタシではあるが、
   出稼ぎなどで関西地区に出没している時だけは、即座に京都にある某医院に
   直行している。

   京都・銀閣寺の近くにあるT医院、ここの院長であるT先生は、ワタシが世界
   で唯一「名医だぁ!」と心から感じた先生である。T先生のどこがスゴイかと
   言うと、とにかく風邪くらいなら注射一発 or 点滴一発で即座に治してしまう
   ところである!! それに、とにかく患者の話をよ〜く聞いてくれて、そして
   必ず「同情」してくれるし、「心配」もしてくれ、ヘタすりゃ患者よりも大袈裟に
   嘆いてくれるのである!(爆)

   例えば、診察に先立ち、熱を計ったら37.5度あったとする。まぁ、世間一般じゃ
   微熱と言われているレベルであるが、これがT先生だと、どうなるかというと、
   超・超早口で、「うわ〜〜〜ぁ! 熱ありますよ、熱が!! シンドイでしょ? 
   シンドイでしょ? シンドイですね? シンドイですよね?? これはシンドイ、
   シンドイわぁ、すごくシンドイわぁ・・・・・・」となるワケである。(爆)

   微熱1つでもこれであるからして、さらに咳や鼻水が伴おうものなら、それこそ
   こちらの方が恐縮してしまうくらい心配してくれるのである。もちろん、T先生は
   お医者様である。だから只単に心配しているだけじゃない。患者の状態から、
   独自のレシピ?による点滴や注射、そしてお薬を処方してくれ、これがメチャ
   メチャ効くのである!! 少なくとも、その時に患者が最も何とかして欲しいと
   望んでいる苦しみから、わずか1〜2時間でカンペキに開放してくれるのだ!
   
   本人以上に病気を嘆いてくれて、そしてカンペキな治療をほどこす・・・・まさに
   T先生はブラックジャック顔負けの名医なのである!・・・・・なーんて書いたら、
   皆様の中には「でもさぁ、治療がカンペキなのはイイとしても、患者より大袈裟
   に嘆くってのは、ちょっとヘンじゃないの?」と思われる方もいらっしゃることで
   あろう。

   しかーし! 病人ってのはすごく気が病んでいる!(だから「病気」なのよね)
   つまり気弱になっているのである。生死に関わるような大病には励ましの言葉
   が必要かもしれんが、放っておきゃ自然に治る風邪の場合には、励ましよりも
   先に、「同情の言葉」が欲しいのである!!(・・・と、一般論化してしまう)

   ちなみに、ダン隊長もチョコ女史も、T先生の熱烈なファンである。 チョコ女史
   は注射が大の苦手なのだが、チョコの表情から見事にそれを悟ったT先生は
   「ホントは注射が一番効くんだけど・・・・・・・・痛いのはイヤ?」と尋ねてくれた
   そうだ。また薬の説明をする際にも、「この薬は、飲んだら少し眠たくなるかも
   しれないんだけど・・・明日の朝、起きられる??」と、翌日の心配までしてくれ
   たらしい。(笑)

   さらにダン隊長がT先生のところで薬を処方してもらった際には、「このお薬を
   飲むと、便が黒くなることがあるんですが、かまいませんか?」と言われたそう
   だ。(爆) 患者からしてみれば「かまいませんか」も何もないと思うし、そもそも
   「便が黒くなるのだけは困る!」って主張する人がいるのだろうか??(笑)

   まぁ、とにかくT先生は、いろんな心情の患者を想定して、常に患者の気持ち
   にたった診療をしてくれる世界一のお医者様であることは間違いない!!!
   お近くの病院で治らない疾病でお悩みの方、または関西弁で言うところの、
   「イラチ(せっかち)」なお方、そして今とりあえずの苦しみから逃れたい皆さま
   は、ぜひぜひT先生に診て頂くことをお薦めしやす!!(笑)



■平成16年5月6日  「似非教育番組論」
   
   たまにNHKでやっている中高生向けの「数学」や「英語」の講座を観てみると、
   番組の時間枠の中で、講師は見事なくらい要点だけを上手に説明しており、
   ボーっと観ていても、「ふむふむ、なるほどなぁ!」と唸ってしまうことがある。

   ところがその一方で、どーもイマイチ観ていて面白くない部分もある。もちろん
   数学の説明をしているワケだからして、「そいつぁ〜傑作だぜぃ、旦那!」と、
   ゲラゲラと大笑いする番組ではないことは確かである。従って当たり前と言え
   ば当たり前なのかもしれないが、それでもやっぱりツマラナイというか、何か
   足りないような気がするのである。そこでヒマ人なワタシは、まず「一体どこが
   ツマラナイんだろうか??」と、ツマラナイことを考えてみた。(笑)
 
   それで出てきた結論ってのがスゴーク単純で恐縮なのだが、解法の説明と言
   いながら、結局は講師がテレビの中で一方的に問題を解いてみせているだけ
   であり、ぜんぜん「視聴者参加型番組」になってないからじゃないかと思った
   ワケである。 ただでさえ大嫌いな勉強を、たった1人の講師がパネルと黒板
   だけを使って、ブツブツと独り言をつぶやきながら、一人で延々と解いていく
   番組が観ていて面白いハズがない。 もう少しTVならではの演出の1つでも
   してくれりゃイイのにと思ってしまう。

   例えば、ガッツ石松とかジミー大西とか、ちょっと頭の弱そうなイメージの??
   タレントを4〜5人をゲスト解答者として出演させて、実際に問題を解かせて、
   それをパネルで発表し、全員が発表し終わった後、BGMと共に「答えはCM
   の後すぐ!」なんてテロップを流したりするとか、昔のクイズダービーみたいに
   解答者にオッズをつけてるってのも面白いかもしれない。(笑)

   他にも、どーせ決められたセリフ通りに解説させるのであれば、講師陣として
   ジャニーズ系の兄ちゃんたちを起用すれば、少しはターゲット層の中高生達も
   真剣に観るんじゃないだろうか?

   たぶん、この番組のディレクターは「難しいことを、いかに簡単に説明するか」
   ってことばかり考えているんだろうが、それだけじゃ、イマドキの中高生なんか
   ついてこない。 それよりも「ツマラナイことを、いかに楽しく思わせるか」とか、
   「彼らにとって興味のないことを、いかに彼らにとって興味のあるものを使って
   説明するか」ってことを考えなきゃ、話にならんと思うワケである。 

   以前、TV番組での「ヤラセ」が問題になったことがあるが、「ヤラセ」と「演出」
   ってのは、それこそ紙一重の部分がある。 格式高き教育番組に「ヤラセ」が
   あってはダメなのかもしれないが、視聴者である中高生達の成績を向上させ
   ることが番組のゴール(目的)であるならば、まずは彼らをスタート位置・・・・・
   つまり、その番組にチャンネルを合わせさせることが最初のステップであり、
   それを達成するための方法論の1つとして、多少のヤラセや演出があっても
   イイと思うんだけどなぁ。。。。



■平成16年5月7日  「カレー再論」

   以前、この徒然において、カレーの魅力について熱〜〜く語ったことがある。
                                             参照:11月29日付 「カレーの魔性」

   改めて書くまでもなく、カレーは子供から大人まで、あらゆる年齢層の人々に
   愛され、もはや我々日本人の食文化からは切り離すことのできない国民食と
   なっている。作り置きができて、しかも時間の経過と伴に、より味わい深くなる
   という素晴らしい特性以外にも、和洋中の各分野に進出を果たすという快挙
   を成し遂げたカンペキの一品と言えよう。

   ところで、たった今、「和洋中の各分野に進出を果たす」と書いたが、確かに
   カレーってのは御飯やパンだけではなく、パスタやうどん等など麺類と一緒
   にも食べられているワケだが、何故か麺類の王者・ラーメンのスープとしては
   使われないことが多い。いや、正確に言えば、カップヌードルのカレー味って
   のがあるが、あれは個人的にラーメンとは認めていないので、この際、無視
   することにする。

   ラーメンだけではない。蕎麦ツユに使われることもないし、素麺ツユに使われ 
   ることもない。これはどーしたことなのだろうか? カレーの実力なんてものは
   所詮はこの程度のモノだったのだろうか?  それとも、たまたま進出をしてい
   ないだけなのだろうか?

   てなことで、好奇心の塊であるワタシは、果敢にもカレー蕎麦、カレー素麺を
   中心にして、カレーの新たなる可能性を求めて、いろいろと実験をしてみた。
   
   まずカレー蕎麦であるが、蕎麦の魅力とは何ぞい?と問われれば、もちろん
   それは「蕎麦の香り」であり、噛まずに一気に飲み込んだ際、蕎麦が咽を通過
   する時の心地良さである・・・・・と、この段階で、既に「カレー蕎麦」という料理
   は絶望的なワケである。無茶なことはやってもイイが、無駄なことはやっては
   イケないというのが、ワタシのモットーである。従って、カレー蕎麦に関しては
   「予選落ち」ということにした。

    で、次にカレー素麺だが、素麺の魅力とは何ぞい?と問われれば、もちろん
    それは「麺の優しさ」であり、噛まずに一気に・・・・・以下略・・・・・ってことで
    お茶を濁そうと思ったのだが、さすがにこれじゃ企画倒れになってしまうので
    素麺だけはちゃんと実験してみることにした。

    さて、その結果のほうだが、「悪くはないが、全然良くもないなぁ」という感じ
    であった。「悪くはない」というのはどーゆーことかと云うと、ご存知のように
    素麺ってのは非常に繊細な味の麺である。つまり決して出シャバらない性格
    であるが故に、カレーとタッグを組むと、カンペキにその存在感が消えてしま
    うのである。例えて言うならば、不幸にも野村佐知代とデビ夫人の間に挟ま
    れてしまった「相田翔子」ようなモノである。カレーに対抗するだけのアクが
    ないため、ほとんどカレーOnlyで食べているのと変らなかったのだ。(因みに
    カレーはハインツのレトルト・中辛を使用)

    恐らく、麺自体の味もさることながら、カレーとタッグを組むには、ある程度の
    「麺の太さ」ってのが必要なのかもしれない。つまり、パスタやうどんなどは
    麺にある程度の太さがあるので、カレーの相方として、キッチリとその役割を
    果たすことができるのに対し、素麺や蕎麦だと細すぎてカレーを受け止める
    ことができないのである。恐らくラーメンも同じ理由で相性が悪いのだろう。
    ・・・・・・・・と、ここで「でも、スパゲティーとラーメンだったら、太さ的にはあまり
    変らないんのとちゃうか?」という疑問を持たれた方々もいらっしゃることで
    あろう。しかし、そんな大人気ない指摘をしてはイケない。 あくまでもネタ話
    なのだから、もっと大らかな気持ちで読もうじゃあーりませんか!

    さて実験はさらに続き、この後、「カマボコ」や「かっぱえびせん」との相性も
    調べてみたのだが、カマボコはやはり醤油とラブラブ状態だし、えびせんの
    方は、悪くはないのだが、そこまでしてカレーと一緒に食べる必然性がある
    のだろうか?という素朴な疑問を残しただけに終わった。

    他に何かカレーと見事にマッチする食品をご存知の方がいらっしゃったら、
    ぜひぜひナイフラまでご連絡を!(笑)



■平成16年5月8日  「国民<念>金」

   昨日の徒然では、カレーと他の食材との相性について書いた。その中で見事
   に予選落ちとなってしまったカレー蕎麦だが、読者の方から「耳寄りな情報」が
   届いた。JR三宮駅(神戸市中央区)の北側、ガード下の商店街の2階にある、
   「ながの屋」というお店のメニューに「カレー蕎麦」があるそうなのだ! しかも
   昼時ともなれば行列もできる人気店で、カレー蕎麦の注文率も高いらしい!
   ワタシもぜひぜひチャレンジしようと思うが、その前にお近くにお住まいの方、
   デジカメを持って、ぜひぜひ突撃レポートをしてきて頂きたい!(笑)

                      ★    ★    ★

   さて「未納三兄弟」から始まった国会議員の年金未納問題が、さらに広がりを
   見せている。現時点で公表されているだけでも未納兄弟は38人・・・ますます
   核家族化が進む現代ニッポンにあって、こりゃスゴイ大家族である!(笑)

   で、ほとんどの議員が未納の理由として、「うっかり忘れてた」とか「仕組みを
   勘違いしていた。」、はたまた「手続き上のミス」などを挙げていて、国民の間
   からは「ウソつけ! んなことあるかい!」といった非難の声があがっている。

   しかし、彼らは正直に理由を述べているとワタシは思う。だいたい、政治家の
   センセイともあろう御方がですよぉ、いくら自分自身のこととはいえ、イチイチ
   年金の納付状況をチェックしているワケがない。そんなもんは、配偶者または
   秘書任せである。 センセイ方の本音からすりゃ、「ったく、そんなハシタ金を
   納入してたかどうかなんて、オレが知るワケねーだろ! ガタガタ騒ぐんじゃ
   ねーよ!」って感じだと思う。(笑)

   てなワケで、彼らが述べた未納の理由は、まさに真実だとは思うが、逆に言え
   ば、政治家にとって「年金」なんて、所詮はその程度の制度、その程度の問題
   であり、そんな彼らに、国民の生活に根ざした「年金改革」なんて、やれるワケ
   がないし、やる気もないと思う。

   以前、車を運転する際、シートベルトが着用が義務付られた時にも思ったこと
   なのだが、本来であれば個人的にやるべき安全保障の問題に、どーして行政
   が介入してこなければならないんだろうか?  年金って国民に強制的に加入
   させるべき制度なんかいな? そもそも、将来的にホントに年金ってもらえる
   んかいなぁ??と思ってしまう。 ぶっちゃけた話、誰も年金に対して期待なん
   かしてないワケであり、それならあんなモンは、とっとと廃止して、個人個人が
   民間保険会社と契約した方が、よっぽど信頼できるし、ハイレベルの保証をし
   てもらえると思う。

   「郵政事業民営化」のメリットの1つとして、民間企業になることにより、膨大
   な税収が見込めるってのがある。同様に民間企業に年金を任せれば、その
   会社の収益は増加し、それに比例して税収だって増えるんだから、国として
   は手間も省けて万々歳のハズである。それなのに、絶対に民間に委託しよう
   としないのは、やっぱり・・・・・・・・な〜んてことは、国民なら誰もが持っている
   疑念なのだが、それを知ってか知らずか、議員のセンセイ方&お役所の中の
   エリート諸氏は、今日も今日とて国会で茶番劇を繰り広げている・・・虚しい!



■平成16年5月9日  「味覚彩々」

   イヤイヤ、無知ってのはホン〜トに怖いもので、昨日に引き続き、読者の方 
   から「ウチの近所の食堂でもカレー蕎麦やってますよ♪」というお便りを数通
   頂いた。さらに関東の某都市にお住まいのMさんからは、そのレシピまで書い
   て送って頂いた。皆さま、貴重な情報、ありがとーございましたぁ!! そして
   「カレー蕎麦は予選落ち」などと、誠に失礼致しましたぁ!! 

   しかしなんですな〜ぁ(←桂小枝風)、同じ料理でも各地方によって味付や具
   の中身など、ホントに千差万別である。その典型的な例が、皆さんご存知の
   通り「お雑煮」であり、「ラーメン」である。他にも、「肉じゃが」なんてのも、関東
   では豚肉を使用するのに対し、関西では「肉ゆーたら、そら牛肉やんけぇ!」 
   ってなことで、肉じゃがの肉も当然ながら牛肉を使っている。
 
   さらに素麺なんかも、名古屋には「味噌そーめん」ってのがあるらしいし、沖縄
   では、素麺は麺ツユにつけて食べるのではなく、焼ソバのように炒めて食べる
   ことが多い。(いわゆる「そーめん・ちゃんぷる」だす。) さらに麺ツユの代わり
   に、トマト・ジュースを使う地方もある。(←ウソでっせ)
    
                           ★

   この徒然の中でも、たびたび「海外の和食レストランはマズイところが多い!」
   と豪語してきたが、これも立場を変えて考えてみると、非常に興味深いものが
   あったりなんかする。 つまり、日本にだってフレンチや中華等など、数多くの
   エスニック・レストランがあり、ガイドブックには「これぞ本場の味」とか何とか、
   かなり強気の宣伝文句が書いてあるが、ネイティブに言わせると、「こんなの
   ぜんぜん本場の味とちゃうわい!」と感じている人が多いらしいのである。

   ワタシは韓国料理が大好きなのだが、確かに日本の韓国料理の店で食べる
   のと、ソウル市内のレストランで食べるのでは、かなり味が異なる。韓国料理
   と言えば、我々日本人からすると、キムチに代表されるように「激辛!」という
   イメージがあるのだが、実際にソウルで食べた韓国料理は、それほど辛くない
   のである。 もちろんワタシが行ったお店は、どこも観光客相手の店ではなく、
   土地の人が普通に通うレストランである。

   ワタシはコリア文化の中で生まれ育ったワケじゃないので、そもそも韓国料理
   に対する基準ってのを持ち合わせていない。従って日本と韓国、どちらで食べ
   る韓国料理の方が美味しいか?なんて論評はもちろんできないのだが、味付
   が違うことだけはハッキリと分った。(ワタシ的にはどちらも美味しいと思うが)

   海外で和食レストランに入る際、その時点で気持ち的には既に「和食モード」
   になっていて、頭の中では自分の記憶の中にある味付、つまり基準の味って
   のをイメージしている。だからその基準と異なる料理が出てくると、「めちゃ
   マズイやんけぇ!」ってことになるのであろう。

   そこで「発想の転換」ではないが、その基準をキレーさっぱりと忘れ去り、無我
   の境地になれば、けっこう楽しめるんじゃないかと思う。つまり、「和食」が出て
   くると思うから腹が立つワケで、それを無国籍料理か何かを食べてるつもりで
   味わえば、「おおおっ! この料理、和食っぽくてイイ感じ♪」ってことになり、
   それなりに美味しく食べられるかもしれない。

   「基準を持つ」というのは大切なことではあるが、それに呪縛されてしまうと、
   新しい発見ができなくなるばかりか、それが「先入観」や「固定観念」、さらに
   「偏見」へと発展してしまい、人生を楽しめなくなってしまうことがある・・・・・・
   ・・・・・ふとそんな気がした。



■平成16年5月10日  「小市民的笑い」

   よく人から、「し〜さまの周りって、面白い事件ばかり起こって、何だかスゴ〜ク
   楽しそうでイイですよねぇ。本当に羨ましいですよぉ・・・・・」と、言われることが
   ある。一瞬、「コレって、ひょっとしてバカにされてる?」と思うこともあるのだが
   相手の表情を見ていると、何だかあまりにもシミジミと言うので、何だか申し訳
   なくなってきて、思わず「スミマセン・・・・」と謝ってしまうことがある。(笑)
  
   誤解のないように言っておくと、ワタシはスゴーク根暗だし、小心者でもある。
   ただその状態が長続きしないのである!(爆) ナンだか途中で面倒臭くなる
   というか、飽きてくるのである。で、しまいにゃ退屈で退屈で仕方なくなってし
   まい、お笑いのネタ探しに走ってしまうというワケだ。

   ヘコんでいる時もイケてる時も、冷静に見てみると、周囲の状況とか起こって
   いる事ってのは、実際には全く同じ場合が多い。たぶんヘコんでる時ってのは
   周囲で起こってることの中の悪いことにしか目がいかず、逆にイケてる時って
   のは、楽しい部分がよく見えるのかもしれない。

   イケてる時ってのは、ホントに楽しいことがよく見える・・・というか、どんな些細
   なことでも面白く感じ、傍からみれば、サザエさん一家的な平和な事件でしか
   ないのに、思わず大爆笑してしまうことがある。

   そんな折、パチ嫁から写真付の実に平和なメールが届いた。昨日、パチ嫁が
   コンビニで酒のツマミ用に、パチKが愛してやまない「うずらタマゴのフライ」を
   買ってきたそうな。予断だが、パチKってのはハゲのくせに、フライ物やタマゴ
   系、さらにハンバーグ系のモノが大好きなのである。(‘ハゲのくせに’ってこと
   はないか・・・・笑)

              
フタの上にソースを出して、準備万全!

   で、早速プラスチックのフタを開けて、ついていたソースをフタの上にドバドバ
   っと出し、「ダーリンの好きなウズラのフライよ〜ん♪」と、まるで可憐な少女の
   ような甘い声を出しながら、パチKの前にソースの入ったフタを差し出した。
   ( い、イカン! 書いていて寒気がしてきた・・・・)

   ところがだぁ!! つい先ほどフタの上に出したハズのソースが、一瞬にして
   消えてしまったのである! 神隠しか? はたまた超常現象か? その場に
   緊張が走った!! そして、次の瞬間、パチ嫁がふと自分の目の前を見ると、
   先ほど確かにフタの上に出したハズのソースが、なんとテーブルの上に鎮座
   していたのである! まさにMr.マリック顔負けの出来事に、パチ夫妻は呆然
   となってしまった。

              
ソースがテーブルの上に瞬間移動!

   噂には、世の中には「瞬間移動」という超常現象が起こることがあると聞いて
   はいたが、実際にお目にかかるのは、さすがに海千山千のパチ夫妻も初めて
   である。一体、何が起こったのか? 答えは2行後・・・・(笑)

   別に何のことはない。 実はフライ物を入れたこの容器のフタには、コロモが
   フニャフニャになるのを防ぐため、大きな穴が2つ開けてあったのだが、それ
   にパチ嫁は気づかず、思いっきりソースをドドっと注いでしまったというワケで
   ある。(笑)

              
こんなデカイ穴、気がつけよなぁ・・・・

   ま、雨の中をダンナのためにわざわざツマミを買ってきてあげたりとか、ソース
   まで出してあげたりとか、そのキャラと不似合いな気色の悪いことをするから、
   こんなことになるワケだが、当事者たちは、それなりに笑えたことだろう。

   ・・・と、こんな感じで、思わず苦笑してしまうような平和的な事件なんてのは、
   誰の周りにも、きっとゴロゴロとしてると思う。問題はそれに気がつくかどうか
   だけであり、気がつきゃ、ささやかながら幸せな気分になれると思う。(笑)



■平成16年5月11日  「男気」

   終戦後、民主主義社会の象徴として「男女平等」という考えが日本国憲法の
   中でも謳われ(第24条)、さらに1985年には「男女雇用機会均等法」が、更に
   1999年には「男女共同参画社会基本法」が成立し、女性が遠慮なく活動でき
   るような社会システムも徐々に整い始めた。

   まぁ、これはこれで実に結構だと思っているのだが、調子に乗った某国立大学
   の女性教授が、「ジェンダー・フリー」なんてことを言い出し、アホな市民団体が
   それに同調して運動なんか始めちゃったもんだから、なん〜かヘンな世の中に
   なってしまったっちゅーか、中性的な人間が増えてきたような気がする。

   ジェンダーフリー・・・・・「男女による性差をなくし、人間として自分らしく生きる」
   ってのがその意味らしいが、実際の内容たるや、ちょっと病的としか言いようの
   ないものも多々ある。保母さんを保育士、看護婦を看護士に変更するくらいで
   あればカワイイもんだが、某都市の高校では、「ジェンダーフリー」の名の下、
   体育の時間の着替えは、男女が同じ教室内で行っているそうである。ったく
   アホとちゃうかいな?とワタシは思うワケである。 

   とりあえず、男女で異なる扱いを受けることに対し、異常なまで反発を見せる
   彼らだが、トイレが男女別になっていることにだけは文句をつけてこない。(笑)
   ワタシ的には「男らしさ」や「女らしさ」という観念があってもイイと思うし、また
   「男っぽい女」や「女っぽい男」がいても、それはそれで楽しいと思うのだが、
   ジェンダーフリー信奉者にとっては、これは「性差別」になるそうですわ。(笑)

   さて、そんなことを考えていた折、皇太子殿下のヨーロッパご訪問の記者会見
   の様子をネットのニュースで観て、めちゃめちゃビックリしてしまった! ご覧に
   なられた方も大勢いらっしゃると思うが、会見の中で殿下は雅子様のご病状に
   ついてふれられ、「雅子の人格やキャリアを否定する動きがあったのは、事実
   です」と述べられたのである。
   
   いくら皇室が開かれてきたとは云え、これは異例の異例、まさに「爆弾発言」で
   ある。詳細についてのコメントこそ控えられたものの、人格否定をした人々って
   のは、皇族や宮内庁の役人など皇室関係者であることは明白であり、それを
   記者会見で発表するということは、大袈裟に言えば彼らへの宣戦布告である。

   雅子さんのことは、僕が一生、全力でお守りします・・・・これはご成婚に際して
   皇太子殿下が雅子様に告げたプロポーズの言葉である。殿下はこの言葉通り
   妃を守るため、敢えてあのような発言を行ったのだと思う。ジェンダーフリーの
   信奉者は、これに対しても「‘僕が守る’だなんて、そんなのは性差別だ!」と
   騒ぐのであろうか? 少なくともワタシは、殿下に「男気」を強く感じたし、それ
   以前に人間として本当に素晴らしい方であると心から思った・・・・。

   「ジェンダー・フリー」によって「人間性」というものが保たれるのではない。まず
   先に「人間性」があってこそ、本当の意味での「ジェンダーフリー」が確立される
   のである。



■平成16年5月12日  「常識なんてラララ・・・・」

   常識とは人が20歳までに身につけた偏見のコレクションである・・・・・・これは
   あの世界的に有名な物理学者・アインシュタイン博士の言葉である。

   現在、世界には200近い国があり、それぞれの文化を持っている。そしてそこに
   60億人もの人々が、これまたそれぞれの考えを持って生活している。 もちろん
   常識人であれば、みんな自分と他人の間に「違い」があることを認識し、互いの
   考えを尊重しながら生きているのである・・・・な〜んて書いたら、何だか今日は
   固い話を書くように思われるかもしれないが、そりゃハズレ、大ハズレである!

   まぁ、とりあえず、我々はみ〜んな自分なりの常識を持って生きてるワケだが、
   時として自分じゃフツーだと思っていたことが、一般的にはかなり珍しいことで
   あったりすることがある。例えば言葉。自分じゃ標準語だと思っていた単語や
   表現が実は思いっきり方言で、他の人から「何、それ?」なんて言われた経験
   は誰でも1度や2度はあると思う。関西人は「突き当たり」のことを「どんつき」
   とゴクゴク普通に言っているのだが、これなど関東の人には通じないらしい。
   しかし、恐らく関西人の大半は、「どんつき」という単語は、由緒正しき標準語
   だと信じきっていると思う。(笑)

   さて、この「自分では全国区と思っている」という勘違いだが、ワタシの長年の
   研究によると、日本では特に名古屋人に多いような気がする。チョコリスト女史
   もチャキチャキの名古屋人なのだが、同女史は思いっきり「名古屋ローカル」な
   事象を、あたかも一般常識かのごとく、正々堂々と主張することが多々あるん
   だなぁ、これが!(笑)
   
   例えば、もしあなたが「これ、ちょっとヤグイよね?」なんて言われたら、どんな
   リアクションをとるであろうか? フツーは「はぁ? ナニそれ???」ってことに
   なると思う。ここまでなら、よくある話であり、普通であれば、「あ、ごめんごめん。
   ヤグイってのは‘弱い’とか‘もろい’って意味なのよ。」で話は終わるところだ。
   しかし、名古屋の方の反応はまったく違っている。ここで必ず、「え〜〜〜っ!!
   ヤグイって標準語じゃないの〜ぉ??」と、逆に驚くワケである!(笑) この際
   名古屋の方にハッキリと申し上げるが、「やぐい」は立派な方言です!(笑)

   これは言葉だけに限らない。皆さんは名古屋人のお宅を訪問したことがある
   だろうか? もしチャンスがあったら、ぜひ彼らの冷蔵庫の中を見せてもらって
   頂きたい。すると一般家庭では絶対に見ることのできない「ある物」を発見でき
   るハズである。

       


   これが何だかお分かりであろうか? そう、我々にも馴染み深い味噌である。
   一般的なイメージでは、味噌というのは立方体のプラスティック容器、または
   ビニールパックに入って販売されている。ところが名古屋では、それら以外に
   もご覧のように、マヨネーズの容器に入ったタイプや、普通はスポーツドリンク
   が入っているであろうチューブ容器タイプの味噌も販売されているのである!
   そして、ここでも、我々の驚きをよそに、名古屋の方は「え〜〜〜〜〜〜っ! 
   これってどこの家庭の冷蔵庫にもあるんじゃないの〜ぉ?」と驚くワケである。
   ありません! 絶対にありません!!(笑)

   まぁ、たまたま身近にチョコ女史がいたので、よく目に付いただけのことであり、
   実際には、この手の勘違いってのは別に名古屋の方々に多いというワケでは
   なく、どこの地方でも、そして誰にでもよくある話である。言ってみりゃ、我々は
   普段マジメな顔をして「そんなもん、常識だよ、常識!」なんて言っているが、
   常識なんてのはその程度のモノであり、まさに「偏見のコレクション」ってこと
   なのかもしれない。



■平成16年5月13日  「想い出はロマンティックに・・・」

   久しぶりに1週間連続で徒然を書いたのだが、ここに来て生来の「怠け癖」が
   炸裂してしまい、ナンだか今日はじぇーんじぇんモチベエーションが沸かない。
   書くネタが見つからなくて困ったことは、これまでにも数え切れないくらいあった
   のだが、書くネタってのは山ほどあるのに、イマイチ書く気力が出てこないなん
   てのは初めてである・・・と言いながら書いているワタシってエライでしょ?(爆)
   
   実は昨日、パチ妻から小包が届き、ついにKISSの日本武道館公演のビデオを
   ゲットして、それを頭を振り乱しながら何度も何度も繰り返し観賞してるうちに、
   スッカリ疲れてしまったのである。(笑) 精神的にはまだティーンエージャーの
   つもりだが、肉体的には力一杯オッサンであるということを思い知らされてしま
   った・・・・。

   人は誰でも想い出の1曲ってのがあると思う。ワタシの場合、このKISSを聴くと
   まるで条件反射のように、パチKと共にバンド活動に明け暮れた中・高校時代
   を思い出すのだが、想い出の曲がユーミンだのオフ・コースとかだったら、その
   切ない想い出を人に語っていても何となくオシャレだし、そもそも歌の内容が
   「愛」とか「恋」とか、とにかくキレイである。 ところがだぁ! これがハードロック
   だとそーはいかない。いきなり歌詞に「地獄」だの「悪魔」だのが出て来るため、
   ロマンティックな雰囲気が出るハズもなく、だんだん相手が引いてきてしまうの
   である。

   今、青春を謳歌しているティーンエージャーの皆さま、BGMは20年後のことを
   考えながら選択しましょう!(笑)



■平成16年5月14日  「ニホンゴ、ワカリマセーン?」

   ワタシは生まれも育ちもニッポン・・・・・つまり「チャキチャキの日本人」である。
   従って、そこんじょそこらの外国人よりは、遥かに日本語を流暢に話すことが
   できるし、またヒアリング能力、読解力だって、それなりの自信はそりゃある。
   ところがだぁ! 最近、その自信がめちゃめちゃグラついてきているのである。

   かつてワタシは、プライベートな席での通訳で、困ったことが2回ほどあった。
   1つは酔っ払ってスッカリご機嫌さんになった初老のオヤジが、いきなり詩吟を
   唸り始めて、それを同席していたアメリカ人に「通訳してくれ」と言われた時で、
   もう1つは、日本にワーキング・ホリデーで約半年ほど住んでいたNZ人の友人
   がすっかりサザンにハマってしまい、彼から「歌詞カードを書いてくれない?」と
   頼まれた時である。 詩吟の方は意味がサッパリ解らなかったし、サザンの方
   に至っては聞き取りすらできなかった。ところが最近、駄目押しとも言えるような
   出来事があったのである。事の発端は、23歳の若者(日本人)&知人のNZ人、
   そしてワタシを加えた3人で、某レストランで食事を共にしたことに始まる。
   
   そのレストランはドイツ料理の店で、NZにしては珍しく「マトモな料理」を出し、
   スタッフのサービスもカンペキってことで地元でも大人気。実際、出てくる料理
   やワインはどれも美味しく、ワタシは久しぶりにイイ気分で食事を進めていた。
   同行の若者にとってはドイツ料理ってのは初めてだったらしく、物珍しさも手伝
   って、彼もまたスゴークご機嫌な様子で食事を進めていた。

   ところが時間の経過と共に、ワタシは段々と、あることが気になり始めていた。
   それは若者が使う日本語である。彼は新しい料理が運ばれてきて、それを口
   にするたびに、「これって、すごくヤバイですよね〜ぇ」とか、「これもヤバクあり
   ませんか?」と言うのである。この時、ワタシはNZ人と若者の間の通訳も兼ね
   て食事をしていたのだが、ワタシには彼の使う「ヤバイ」の意味がまったく解ら
   なかったため、その部分は訳すことができなかった。

   辞書を見ればお解りのように、「ヤバイ」というのは「ヤバ」という形容動詞が
   形容詞化したものであり、「身に危険が迫るさま」や「不都合が予想される」等
   を意味している。ワタシが知ってる「ヤバイ」の意味ってのはコレしかないのだ
   が、喜んで美味しそうに食べている彼の様子からは、どう考えても不似合いな
   単語であった。

   普段ならば、解らない単語があれば、素直に質問するのだが、この時の食事会
   はまったくのプライベートであり、また若者があまりに食べるのに夢中になってい
   たため、ワタシはついつい質問をしそびれてしまったのである。

   で、帰宅してから、さっそくネット国語辞典で調べてみたら、上記の意味以外に
   次のような説明がなされっていたのである。

        若者言葉で,すごい。自身の心情が,ひどく揺さぶられている
        様子についていう。「格好良い」を意味する肯定的な文脈から,
        「困った」を意味する否定的文脈まで広く用いられる。「この曲,
        やばいよ(=格好良い)」
                               三省堂提供「デイリー新語辞典」より

   まぁ、言葉ってのは日々進化しているのは解るのだが、まさか「ヤパイ」という
   単語に、このような意味があるとは夢にも思わなかった。 以前、「超〜」って
   のが流行ったことがあるが、これなどは別に本来の意味からそれほど外れて
   いるワケではないので別に問題はないが、「ヤバイ」の場合には、その意味が
   180度変ってしまっている。これってちょっと「ヤバイ」んじゃないだろうか?(笑)



■平成16年5月15日  「新旧交代」

   もう4日も前の話で恐縮なのだが、皆さんは5月11日は何の日だったかお分か
   りであろうか?? 今から49年前のこの日、濃霧に包まれた高松港の沖合いで、
   宇高連絡船「紫雲丸」が僚船の「第三宇高丸」と衝突。 修学旅行中の小中学生
   ら168人もの犠牲者を出した。この事故がきっかけとなり、本四連絡橋計画・・・
   つまり本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の計画が誕生したのである。
   
   四国・高松はワタシの故郷である。幼少の頃、何の用事であったかは忘れてし
   まったが、父に連れられて、何度か香川県庁舎に行ったことがある。今でこそ、
   正面玄関にモニュメントを置いたり、1Fのホールにはオブジェや絵画を飾ったり
   しているが、当時の庁舎内にはそんな気の利いた物などなく、ただ親の用事に
   付き合わされてやってきた私にとって、そこは本当につまらないところであった。
   
   しかし、そんな無機質な空間の中、一ヶ所だけ大好きな場所があった。それは
   正面玄関のすぐ横に展示してあった「瀬戸大橋」の巨大な模型である。薄暗い
   庁舎内にあって、そこだけはスポット・ライトを浴びて、燦然(さんぜん)と輝いて
   いたのである。いま思えば、おぼろげながらも「夢」という言葉の意味を理解した
   のは、この時だったのかもしれない。

   紫雲丸の事故から半世紀が過ぎ去り、香川県民の長年の夢であった瀬戸大橋
   は現実の物となり、幼い頃に胸をトキめかせて見つめていたあの模型は、いつ
   の間にか消え去ってしまった・・・・何だか妙に寂しいような気がする。
   
   ネットで業界ニュースをチェックしてると、来月あたり日本では携帯各社が最新
   モデルを発表するそうで、その影響なのか「yahooオークション」なんかを見てい
   ても、現行モデルが既に安値で取り引きされているそうである。今までチヤホヤ
   されていたのに、半年もしないうちに「お荷物」となり、店頭やオークションなどで
   二束三文で売られてしまう携帯電話・・・・これまた何だか寂しい。

   新しいものが登場し、それと入れ代わりに古いものが消え去る・・・進化の過程
   においては必然的とも云える現象である。ダーウィンの進化論によれば、猿が
   進化して尻尾がなくなり、そして人間になったそうな。でも「尻尾がなくなる」と
   云うのは明らかに「退化」である。にもかかわらず、それを人は「進化」と呼んで
   いる。 ひょっとしたら、我々が「画期的な発明」と喜んでいる物の中には、実は
   我々を退化に導いている物がたくさんあるのかもしれない・・・・・・などと、ガラ
   にもなく哲学的なことを考えながら、昨日散髪したばかりの頭を叩いてみると、
   「文明退化」の音がした・・・・。



■平成16年5月16日  「キケン?」

   Knight Flight がリニューアルOPEN をしてから、早くも半年以上が過ぎ去った。
   この間、機内食写真を中心として、笑食や笑街など、いろんな方々から投稿の
   ご協力を戴いている。さらに「徒然のファンです」という方々から、ファンレター
   まで頂戴することがある。昨日もそんな読者のお一人からメールを頂戴して、
   「し〜さまは飛行機の免許をお持ちだそうですが、今までに危険な体験をした
   ことはありますでしょうか? 自分もいつか飛行機の免許を取得したいと考え
   ており、ぜひ徒然で体験談を聞かせて下さい」とのリクエストがあった。

   えーぇ、自分で操縦していて危険な目に遭ったこと・・・・・ハイハイ、あります、
   あります、メチャメチャありまっせ〜ぇ!(笑) 車輪を出し忘れて管制官から
   注意されたこともありゃ、フラップを出し忘れて着陸寸前で失速しかけたことも
   あるし、管制官の指示とまったく違うルートに飛んでいったことも多々ある。

   で、振り返って冷静に考えると、危険な目に遭った時ってのは、大抵の場合、
   横着をした時というか、基本的なルールを守らなかったために発生している。
   車輪やフラップの出し忘れなどは、暗記している項目でも、必ずチェックリスト
   を見ながらCall Out(実際に声を出して確認)しなければならないことなのに、
   一人で操縦してたこともあり、ついついサボってしまった時に発生したことで
   あったし、管制官の指示とまったく違うルートを飛んでいった時は、思いっきり
   他事を考えながら操縦していた。

   他にも、有視界飛行で飛んでいた際、前方に雲の塊があったのだが、それを
   避けるとなると、かなり迂回しなければならないので、ついつい面倒臭くなり、
   そのまま突っ込んだところ、揺れはしなかったのだが、周囲が真っ白になって
   しまって平衡感覚がなくなり、雲から出た時には機体が30度くらい右に傾いて
   いたことがあった。

   不思議なもので、周囲が全く何も見えない状態だと、機体少々傾いていても、
   ぜーんぜん分らないのである。 この場合、最初に雲に突入した時点で、既に
   基本を無視した操縦なのだが、それに加えて、計器を見ずに自分の感覚だけ
   で操縦するという、二重のミスを犯していたワケである。 この時は、たまたま
   マイルドな性質の雲だったから良かったものの、これがもし積雲系の雲だった
   ら雲の中は乱気流が渦巻いていており、小型機なんかヘタをすりゃ空中分解
   ってことだってあったのだ。

   さて、これは飛行機ではないのだが、その昔、車を運転してて、非常にキケン
   な目というか、トンでもなく恥ずかしい体験をしたことがある。それは、ちょいと
   した荷物を運ぶために、知人にワンボックス・カーを借りた時のことなのだが、
   京都市内の道路を走っていたら、突然、運転席の後のスライドドアが脱落して
   しまったのである!(爆)  しかも現場は某女子大の正門の前・・・・・・折りしも
   授業を終えたピチピチの女子大生たちが大勢歩いている、そのまん前の路上
   で、ドアが落ちてしまったのである! 

   慌ててブレーキを踏んでバックミラーを見てみると、幸い後続車はいなかった。
   無論、脱落したドアをそのまま路上に放置していくワケにもいかず、とりあえず
   車を路肩に停め、オモムロにドアを拾いに行ったのだが、その場にいた大勢の
   女子大生は大爆笑している。ハッキリ言って死ぬほど恥ずかしかった・・・・。

   で、知人宅に戻ってから、そのことを報告すると、なんと問題のスライドドアは
   錆びのために最初から壊れた状態だったそうで、それをガム・テープで留めて
   ただけだったのだ。最初からそのことを云えよなぁ・・・・・と、思わずにはいられ
   なかった。以来、友達の車にしろレンタカーにしろ、運転する際には、必ず全て
   のドアの立て付けを確認している。(ウソウソ!)

   ホント、キケンってのはどこに潜んでるか分からんモンですなぁ・・・・・(笑)

     PS  北海道のTさん、リクエスト有り難うございました&しょーもない
         体験談でごめんなさーい!



■平成16年5月17日  「可能性」

   ワタシの大好きな言葉に「可能性」ってのがある。人間は社会生活をしていく
   上で、あらゆるシーンで可能性について検討を余儀なくされる。例えば、学生
   時代であれば、受験に際し「合格の可能性」ってのを問われるし、難病の手術
   を受ける時などは、「成功の可能性」なんてのを突きつけられる。

   「成功の可能性は0.001%です」なんて言われれば、まぁ、大抵の人であれば、
   「こらアカンわぁ」って感じでかなりヘコむと思う。そりゃ換言すれば、10万回に
   1回の成功ってことなのだから、事実上「無理です」と言われたに等しい。だが
   科学的に言うならば、決して0ではないワケだから、簡単に諦めてしまっては
   イケないのである。解っているのは「10万回に1回に起こる」ということだけで
   あり、「何回目で起こるか」までは示していない。つまり、運が良ければ、最初
   の1回目にアタリが来るかもしれないワケである。だから決して諦めてはイケ
   ないのである。

   もし、「不特定多数の人とジャンケンをして、千回連続で勝つことは可能?」と
   問われたら、皆さんはどう答えるであろうか? 恐らくほとんどの人が「そんな
   ことは絶対に不可能やでぇ!」と答えるであろう。しかし実際には可能である。
   例えば、大勢の人が集まり、二人一組でジャンケンの勝ち抜き合戦をやったと
   すれば、必ず優勝者が出る。この優勝者ってのは、一度もジャンケンで負けな
   かった人ってことになる。

   では日本国民が全員参加してのジャンケン大会を開催したとして、優勝するに
   は何回連続で勝たなきゃイケないかというと、これがたった27回でOKなのだ。
   さらに世界大会でも、33 回勝てば優勝なのである! 先ほど「不特定多数の人
   とジャンケンをして、千回連続で勝つことは可能であろか?」との問いに対して、
   「不可能だ」と答えた人も、「じゃ、33 回ならどう?」という聞かれれば、「できる」
   と答えるのではないだろうか? 33 回くらいなら、なんとなく運がよければ勝て
   そうな気がする。やっぱり諦めてはイケない。

   てなことで、33連勝を目指して、ワタシも日々頑張ってはいるのだが、なぜか
   1回戦でイキナリ負けちゃうんだなぁ、これが!(笑)



■平成16年5月20日  「爽やかさ」

   今でこそ、「三度のメシよりも酒が大好きな男♪」になってしまったワタシだが、
   10代の頃は酒を旨いと思ったことなど一度もないし、20代前半までは月に2度
   ほど飲みに行く程度であった。そのクセ、生来の負けず嫌いな性格が災いして、
   「他のヤツらにナメられてたまるかい!」と、無理して飲めもしないブランデーを
   ガブガブと飲んでいた。

   まぁ、男ってのはアホだから、女性から「お酒、お強いんですね〜ぇ・・・」などと
   言われようものなら、褒められたと勘違いしてしまい、例え気持ちが悪くなって
   ゲロりそうな時でも、無理して余裕の笑顔をみせたりなんかしようとするワケで
   ある。特に若い頃は、「酒が強いこと=カッコイイこと」であると信じて疑わない
   んだな〜ぁ、これが。(笑)

   ところがオヤジの年齢になった今、この考えがコロッと180度変わってしまった。
   酒の席で「イヤ、実はボク、お酒はぜんぜんダメなんですよぉ。」と言ってる男を
   見ると、何だかやたらと「爽やかなヤツ」に思えてくるのである!(ワタシだけ?)

   ここでポイントになるのは、同じように酒を断るにしても、「お酒がぜんぜんダメ
   なんですよ」というのと、「お酒は止めたんですよ」というのでは意義が異なる。
   爽やかなのはあくまでも前者の方であり、後者の方は、何か暗い過去を背負っ
   ているみたいで、爽やかさは感じられない。

   人間ってのは恐ろしいほどの「思い込み」みたいなもんがあって、酒を飲むヤツ
   よりは飲まないヤツ、そしてタバコを吸うヤツよりは吸わないヤツの方が、何か
   マジメで爽やかなヤツだと思われている。まぁ、爽やかかどうかは横においとく
   としても、少なくとも健康的だとは思われている。 他にも勝手な思い込みによる
   イメージってのはいろいろある。例えば、夫婦が離婚したとして、夫の方が子供
   を引き取った場合、それだけでその男はイイ奴のような気がするし、「将来の夢
   は何?」と聞かれた時、「まぁ、何かで一発あてて、悠悠自適の生活ってのをし
   たいもんですわ、ワッハッハッハッハ!」と言ってる男よりも、「北海道で牧場を
   やりたいんだよねぇ・・・」と言ってる男の方が、絶対に爽やかなヤツに思える。

   これはワタシだけの感性だと思うのだが、携帯電話を持ってない人って、それ
   だけで何だか爽やかに思う。朝、ジョギングしている人も実に爽やかである。
   笑顔のステキな人もかなり爽やかである・・・・と、なぜこれほど「爽やかさ」に
   今日は拘っているかというと、今朝、鏡の中の自分の顔をシゲシゲと見てみる
   と、随分とツマらなさそうにしていたことから、これを無理やり徒然のネタにして
   みたからである。 従って、申し訳ないが今日の話にオチはない。(笑)



■平成16年5月21日  「子供と大人の言語論」

   その昔、ワタシは「子供」ってのが不得意というか苦手というか、早い話が嫌い
   だったのである。ところが、30歳前後から周囲の知人に子供がポツポツと誕生
   してきたこともあり、だんだんと子供嫌いがなくなり、今じゃ「子供大好きオヤジ」
   になってしまっている。(なんかイイ奴に見えません?爆) 特に赤ちゃんなんか
   見てるとホントにカワイイと思うし、心が和んでくる。

   そのせいか、以前であれば乗り物の中で赤ちゃんが泣いてたりしようものなら、
   「ったく、うるさいガキだぜ!」と憤慨してたのに、、この頃は「お? オムツか?
   それともオッパイかぁ?」などと、ついつい深読みをしてしまう。(笑)

   子供が苦手という方ってのは、根本的に日常生活の中で子供と触れ合う機会
   がほとんどないというのが、その原因のような気がする。少なくともワタシはそう
   であった。ところが、腰を据えて関わってみると、大人にはない独自の感性に驚
   かされたりして、結構面白いのである。 幼稚園の先生なんかに聞いてみると、
   1日に必ず1回は、子供たちの言動で思わず笑ってしまうそうだ。
   
   そういえば我家の次男坊(3歳)も、かなり面白いことを言うことがある。 先日も
   ミッキーマウスの縫いぐるみを抱きかかえながら、ワタシのところにやって来て、
   「ミッキーさんはね、ネズミーランドに住んでるんだよぉ♪」と必死で説明してい
   た。もちろん「ディズニーランド」という単語を、間違えて覚えてしまったのだろう
   が、何度か聞いているうちに、「ディズニーランド」よりも「ネズミーランド」の方が
   表現としては正しいんじゃないだろうか?と思ってしまった。(笑)

   それから、1つだけスゴク不思議に思ったことがある。彼は2歳の頃から地元の
   保育園に通っていたのだが、英語なんざほとんどしゃべれないにかかわらず、
   けっこう他の園児と楽しそうに会話しながら遊んでいるのである。 いや、彼に
   限らず、ここの幼稚園には中国人、タイ人、韓国人、インド人など、世界各国の
   子供たちが通っていて、それぞれの母国語でしゃべっているにもかかわらず、
   ちゃーんと会話が成立しているのである!!

   例えばウチの子供がNZ人の子供に、日本語で「砂場であそぼうよ♪」と誘うと、
   相手の子は「OK, let's go!」と言いながら、砂場の方に走って行ったりする。無論、
   その際、ジェスチャーなどは一切使ってない。ワタシ的にはスゴク衝撃的な光景
   だったので、さっそく幼稚園の先生に尋ねてみたところ、幼児というのは、言語を
   超えた何か・・・・・恐らく、「心」で互いにコミュニケーションしているらしく、何語で
   しゃべっているかというのは、さして重要じゃないそうなのだ。

   大人の世界は非常に複雑であり、感性だけでコミュニケーションを図ることなど
   もちろん不可能である。しかし子供(幼児)の世界を見ればハッキリと解るように、
   コミュニケーションの原点は、あくまでも「心」である。心のこもってない言語など、
   もはや「信号」や「記号」に過ぎず、そこからは何の暖かみも生まれないし、深い
   部分での理解などできいない。

   そう考えると、たった今、「大人の世界は非常に複雑である」と書いたが、これは
   逆に我々が普段何気なく使っている、この「心のない言語」が原因なのかもしれ
   ないよなぁ・・・・。



■平成16年5月26日  「今はそっと・・・」

   性懲りもなく、またまた風邪を引いてしまった。3日ほど前の夜からやたらと咽が
   痛かったのだが、今朝になると、まるでオットセイの鳴き声のような声になってし
   まった・・・・ただただツライ!

   さてさて本日の話題だが、この数日間で一番HOTな話題と言えば、今月22日の
   小泉首相の訪朝に伴って帰国した拉致被害者の家族5人のことであろう。首相
   が本当はどのような目的で訪朝したのかについては、いろんな噂が飛び交って
   いるが、そんなことより、ワタシ的には今回帰国した5名の今後の日本での生活
   のことが、他人事ながら非常に心配でならない。

   ナニがそんなに心配かというと、アホなマスコミによる「取材攻撃」である。以前
   から言及していることだが、「報道の自由」の「表現の自由」、さらには「正義」の
   名の下に、罪無き人々のプライバシーを平然と売り物にしている一部のマスコミ
   に対して、ワタシはけっこう激しい嫌悪感を抱いている。 マスコミとっては今回
   帰国した5名の方々は、まさに格好のターゲットであろう。

   確かに、全国民が彼らの日本での生活に強い関心を寄せていることは間違い
   ないし、それを報道することがマスコミの使命かもしれない。 しかしだぁ! 場末
   のサービス業でもあるまいし、いくら需要があるからと言って、ホイホイと他人の
   プライバシーを売るってのはどうかと思う。「特ダネ」と「人権侵害」ってのは、正
   に紙一重である。5人は北朝鮮では当局の厳重な管理下に置かれていたよう
   だが、ヘタすりゃ日本でもマスコミによる取材合戦により、これと同じ状況が生ま
   れる可能性だってある。

   もちろん、中には「蓮池さんや地村さん本人が記者会見に応じ、子供達の情報
   を提供してくれてるんだから、別にイイんじゃないのぉ?」というご意見もあろう。
   でも、ワタシの予想では、彼らだってスキ好んで記者会見に応じているワケじゃ
   ないと思う。やはり全国各地で署名運動に協力してくれた方々や、何かと応援
   してくれた人々への感謝の気持ちが根底にあり、それで最低限の近況報告の
   意味で記者会見に応じているのではないだろうか? 

   私事で恐縮なのだが、我家には3人の子供がいるのだが、日常生活の大半を
   過ごす学校においては、彼らは英語をしゃべっている。もちろん帰宅してからは
   日本語なのだが、ここで1つ問題が発生する。それは学校でしか使わない言葉
   については英語でしか言えないということである。例えば、友達と遊ぶ際に使う
   単語というのは、滅多に家で使うことがない・・・・・というか、少なくともワタシに
   対しては使わない。するとどうなるかというと、日本に遊びに行った時に、親戚
   の子供たちと遊ぶ時など、その部分だけは英語になってしまい、説明にやたら
   苦労して、最終的にはシラけてしまうことがあるそうだ。前回の徒然で、幼児は
   言語以外の何かでコミュニケーションを図っていると書いたが、小学生ともなる
   と、言語が占める割合が格段に増加し、このことがかえってコミュニケーション
   を難しくしてしまうというワケである。
  
   我家の子供のように、日本について、ある程度の知識がある者でさえ、日本に
   行くと、言語の問題が起こるのだからして、文化や習慣、そして社会システムが
   全く日本と異なる国から帰国した5人が日本での生活に慣れるには、並大抵の
   苦労では済まされないであろう。 それを考えれば、彼らを興味本位で追いかけ
   ることはやめ、彼らが自らの言葉で語れる日がくるまでそっと見守る・・・これが
   マスコミだけではなく、情報の受け取り手である我々自身にも必要な姿勢だと
   思うのだが・・・・。



■平成16年5月27日  「4つの‘ション’」

   4日目に突入した風邪だが、相変らず予断を許さない状況が続いている。とは
   言うものの、咽の痛みは少しはマシになってきたようで、オットセイから森進一
   程度には回復してきた。 てなことでぇ、今日は景気づけに政府に対する愚痴
   の1つでもカマしてみることにする。

   上智大学・名誉教授の渡部昇一氏によると、大成長を遂げてきた企業の社長
   ってのは、ある共通した4つの「ション」を、必ず持っているそうである。それは
   ビジョン(夢)、パッション(情熱)、デシジョン(決断)、アクション(行動)の4つで
   ある。

   「政治」ってのは、解りやすく云えば「国家の運営=経営」なワケだから、上記の
   法則が当てはまるハズである。しかし、現在の日本の政治を冷静に見ていると、
   こりゃほとんど倒産寸前である。別にこれは経済状況のことを指しているのでは
   ない。それよりも何よりも、国際社会で生き残るために最も重要な「外交」に関し
   て、あまりにもアホだからである。特に外務省の役人に、パッション(情熱)があ
   るとは思えない。

   既に大勢の著名人やメディアが指摘していることであるが、今回の小泉首相の
   北朝鮮訪問にしても、「何じゃありゃ??」って感じる人がいるのも無理はない。
   「身代金を払ったのではなく、あくまでも人道的支援」と言ってはいるが、こりゃ
   どう考えても詭弁である。言ってみりゃ、誘拐犯から人質を取戻すために、お金
   を払っておきながら、「あれは身代金じゃありません。誘拐犯が生活に困ってる
   みたいだったからカンパしたんです」なんて弁明しても、そんなもん誰も信じない
   のと同じである。 

   イヤ、誘拐犯に身代金を支払うという行為は、人質の安全確保という意味だけ
   ではなく、それをエサにして誘拐犯を逮捕するチャンスにもなるワケだからして、
   決して無駄であるとは言えない。ところが、これまで何度も何度も繰り返し援助
   をしながら、すべて大失敗に終わっているにもかかわらず、相変らず金で解決
   できると信じて疑わない政府のデシジョン(決断)には、なーんのビジョン(夢)も
   ない。

   もちろん、「小泉首相の再訪があったからこそ、拉致家族5人を取戻すことがで
   きた」って意見もあるが、どうして被害者である日本政府がここまで謙(へりくだ)
   ってアクション(行動)しなきゃいけないんだろうか? そーいや、某団体の幹部
   が、「日本に、5億円積んでも買収されない政治家なんて一人もいない」と豪語
   していたことがあったが、拉致問題に関しても、何か相手に弱みでも握られて
   いるんだろうか?と、ついつい邪推してしまう。

   一部の人々の間に「石原慎太郎待望論」ってのがあるが、それが正しいかどう
   かは別として、石原氏の政治姿勢の中に少なくとも上記4つの「ション」の内の
   いくつかがあることが、誰の目にもハッキリと見えるからではないだろうか?? 

   ・・・・・などと、久しぶりにコーフンして書いていたら、また身体が熱っぽくなって
   きた・・・・・・・それに何だか鼻がモゾモゾするぞぉ???



    


   おっ? おっ?  これも「ション」の1つ? ワタシも大成長するかしら?(笑)



■平成16年5月28日  「ハンドル・ネーム」

   ネットでニュースをチェックしていると、ナニやらまたまた胡散臭い出来事が
   載っていた。先日の小泉首相の北朝鮮訪問に対する拉致被害者家族会の
   言い分ってのが「ナメとる!」ってことで、事務局に多数の抗議メールが届い
   ているそうである。また某巨大ネット掲示板にも、記者会見の様子が放映さ
   れた前後から、急激に批判投稿が増えてきたらしい。

   先日のイラク人質事件の時にも思ったことだが、人はそれぞれ考え方が違う
   ワケだからして、別に「批判」をすること自体は問題はないと思う。しかし、その
   表現方法には、ある一定のルールがあって当然である。ワタシ自身も、イラク
   で人質になった5人に対して、「こいつらアホかい!」と思う気持ちは、正直な
   ところ思いっきりある。だからといって、本人宅にまでわざわざ電話をかけたり、
   嫌がらせメールを送りつけたりする気にはなれない。ましてや、自分の素性を
   明かさずに送りつけるなんざぁ、傍で見ていても「めちゃ暗いヤツだ」と思って
   しまう。

   俗に「ハンドル・ネーム」というのがあるが、これはネット上の掲示板に投稿する
   際のペンネームのことである。不特定多数の人間が見ている掲示板において、
   本名を使うのは、セキュリティー上、いろいろと問題がある。そこで考え出された
   のが、この「ハンドル・ネーム」ってヤツである。もちろん、これ自体は素晴らしい
   アイデアであり、ごくごく普通に運用している限りは問題などない。

   ところが、このハンドル・ネームを複数使い分けて投稿し、いかにも大勢の人々
   が主張しているかのごとく見せかけたり、また「ジギル&ハイド氏」ではないが、
   「表の顔」と「裏の顔」を器用に使い分けている人がいるんだなぁ、これが!(笑)
   いわゆる「マルチ・ハンドル」ってヤツであるが、思わず「男だったらコソコソせず
   に、堂々とせんかい、堂々と!!」とカツを入れたくなってしまう。
  
   オモシロイもので、ワタシの周囲の人間ってのは、「文句があるなら、直接本人
   に言う!」というのを信条としている人が実に多い。意外?なことに、あの温厚
   なダン隊長やチョコ女史もそうだし、パチK&パチ妻なんかは典型的な直接型
   タイプの人間である。もし直接本人に言えないのであれば、他のところでも絶対
   に言わない・・・・・・実に解り易い人々である。(笑) とにかく「陰でコソコソ」とか、
   「自分の仕業とバレないように」とか、セコイ方法ってのがメチャメチャ嫌いなの
   である。誤解のないように申し添えるならば、決して「ケンカ早い」ってことでは
   ない。むしろみんな実に気が長い。 そして、できる限り相手のことを好意的に
   とらえようと試みる。それでも、疑問や不満がある時に、直接本人に言うワケで
   ある。

   まぁ、世の中には直接本人に言いたくても、性格的になかなか言えない人って
   のも大勢いる。だからこそ匿名性のある掲示板になると、日頃の鬱憤が一気に
   爆発するんだとは思う。それを否定しようとは全く思わないが、せめてハンドル
   ネームだけは1つに決めて、それを使って堂々とカキコしてはどうだろうか??
   無記名であったり複数のハンドルを使ったりしていると、確かに自分の正体を
   隠すことはできるかもしれないが、最終的には自分の意見までもが隠れてしま
   うような気がする。直接は言えない鬱憤があるからこそアクションを起こしたの
   だから、最低限のアイデンティティーは残しておいた方が楽しいと思う・・・。



■平成16年5月29日  「ちょいと不思議な話」

   先日、読者のKさんから、とても不思議な体験を書き綴ったメールを頂戴した。
   「不思議な体験」と言っても、別にオカルトっぽい話ではなく、違う意味で何だか
   不思議な話である。

   それはロンドン・ヒースロー国際空港での話である。Kさんはローマ行きのB社
   の機内に乗り込み、自分の座席に座って出発までの時間を寛いでいた。すると
   出発直前になって、通路を挟んでKさんの反対側に座っていた30歳半ばぐらい
   の男性客のところにキャビン・クルーがやって来て、ナニやらモメている。

     クルー:  お客様、チケットを拝見させていただけませんか?
            多分お座りになる席をお間違えかと思います。

     男性客:  いや、そんなことはないよ。 私はビジネスクラスの
            8Aで間違いない。チケットにもそう書かれている。

     クルー:  分かりました。でも念のためお客様のチケットを拝見
            させていただけませんか?

     男性客  (めんどくさそうにチケットを出し)ほらこれだよ

     クルー:  (そのチケットをじっと見て)お客様、申し訳ございません。
            お客様はこの席ではございません

     男性客:  なに言ってんだ! ちゃんと8Aって書かれているじゃ
             ないか!

     クルー:  お客様、この便は558便ローマ行きでございます。 
            お客様のチケットはデュッセルドルフ行きでございます。 
            お客様はローマとデュッセルドルフのどちらに行かれる
            ご予定ですか?

     男性客:  いや、わ、わ、私は、デュッセルに・・・・・

     クルー:  では、すぐに手荷物をまとめてお降り願います。

   一瞬の緊張の後、機内は大爆笑の渦に包まれたそうだ。しかし、クルー達は
   セキュリティーの都合上、その男性客が座っていた席及びその周辺をシートを
   はがしたりして徹底チェック、さらに荷物預かりが無いかどうかもチェックしてい
   たため、結局は30分遅れでローマに飛び立ったそうだ。

   ご存知のように、飛行機に搭乗する際は、一部の例外を除いて、ほとんどの
   場合には、駅の自動改札口と同じように、ゲートの前にある機械に搭乗券を
   1枚ずつ通してチェックし、それから機内へと乗り込む。Kさんが搭乗した便に
   ついてもこれと同じ方式であった。にもかかわらず、なぜ目的地の違う搭乗券
   でゲートをパスすることができたのか、Kさんは不思議でたまらないという。

   確かに非常に不思議な話である。搭乗券の裏には磁気テープが貼ってあり、
   搭乗便名や目的地、そして乗客の氏名や座席番号のデータなどが記録され
   ているハズである。 従って、もし間違えて違う飛行機に乗り込もうとしても、
   通常であればゲートの改札機のところでハネられてしまうハズである。

   そこで、ワタシなりにその原因を考えてみたのだが、思いつくのは次の4つの
   場合である。

   1) チェックインの時、搭乗券を発券する際に、その発券機の一部の機能
      が故障して、表面に印刷してあるデータと磁気テープに記録してある
      データが全く別物になってしまった。

   2) ゲート前の改札機の機能の一部が故障していたため、本来はハネる
      べき搭乗券もパスさせてしまった。

   3) この男性客だけが何らかの理由(ギリギリで搭乗したとか、たまたま
      係員が知り合いだったとか)で、改札機ではなく係員による手作業で
      ゲートでのチェックを受けた。
      
   4) そもそも改札機でチェックしているのは、人数だけであり、他のデータ
      に関してはノーチェックだった。

   まぁ、4)ってことが原因だったとは考えにくいとは思うが、恐らく誰も試したこと
   がないので、ハッキリとしたことは言えない。一番ありそうなのは、3)だと思う。
   例えば、クライストチャーチ空港からシンガポール航空に搭乗する際、ワタシ
   は同社のほとんどのスタッフと顔馴染のため、よく「おおぉ! 元気〜〜ぃ??」
   みたいな感じで、改札機の横でちょいと彼らと立ち話をした後、そのまま彼らは
   機械ではなく、手で搭乗券の一部をもぎ取って、「じゃ〜ね〜ぇ!」と言いながら
   見送ってくれるパターンが多々ある。

   もちろんワタシが搭乗した後で、スタッフはワタシからもぎとった搭乗券の半券
   を改札機のデータに加えてくれているので、これまで一度もトラブルはない・・・
   ・・・・つーか、クライストチャーチ空港ってのはめちゃめちゃヒマだし、間違えて
   乗ろうにも、自分が搭乗する便以外に飛行機がいない! (爆)

   実際のところ、なぜこの男性客が違う便に搭乗できたのか、ホントに不思議で
   ある。皆さんの中に、他に何か原因を思いつかれた方はいらっしゃいます??


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©Knight Flight 2003. Presented By C-sama, Capt. Dan and Chocolist.