■平成17年4月1日  「お化粧論」

世の中にゃ「足フェチ」だの「皮フェチ」だの、そらいろんな「フェチ」の方々がいらっしゃる
とは思うが、ワタシの知人に「手フェチ」の男がいる・・・・と云っても、別に「白魚」のように
白くて細い手が好きなワケじゃなくて、逆に「ガサガサに手荒れしてしまった手」ってのが
好みで、その理由は「何となく‘働き者’って感じがするから」だそうだ。(笑)

まぁ、確かにいま流行のネイル・アートでバンバン決めた手では、家事はおろかパソコン
のキーボードを打つのだって難しいだろうし、イメージ的には「働き者」って感じはしない。
それよりか、荒れた手の方が「働き者」ってゆーよりも「苦労人」って感じがして、ワタシも
どっちかというと好みではある。

因みに男性と女性では「どっちの方が手がキレイか」ってーと、こりゃ圧倒的に男性なん
じゃないかと思う。というのも、やっぱ炊事・洗濯など、手荒れの原因となるような作業を
する機会が女性よりも遥かに少ないからである。これは何も手の肌だけではなくて、顔の
肌についても云えることで、圧倒的に男性の肌の方がスベスベ&ツヤツヤでキレイなん
じゃないかと思う。無論これには炊事・洗濯などは関係なく、「お化粧」ってのが深く関わ
っていると思われる。

俗に「基礎化粧品」と呼ばれているものは別として、ファンデーションやルージュなどは、
根本的に「化学物質の塊」みたいなモンなのだからして、肌に良いハズがないのである。
試しに、お手元にファンデーションがある方は、手の甲の部分にファンデーションを塗り、
お財布から10円玉を出して、そこを「スクラッチくじ」の要領で数回ほどこすってみて頂き
たい。するってーと、こすったところが思いっきり真っ黒になると思う。恐らく、ほとんどの
ファンデーションではこのような現象が起こると思うが、こりゃファンデーションの中に含
まれている化学物質と10円玉に含まれる金属成分(銅)が、化学反応を起こした結果で
あり、通常は太陽光線などでジ〜ックリと時間をかけて、肌にシミや黒ずみを作っていく
ワケである。

こりゃ偶然だとは思うのだが、ワタシの周りの女性は、チョコ女史やパチ嫁を筆頭にして
「ノーメーク」って人が実に多い・・・というか、見事に全員そうである。そのせいか、皆さん
まるで少女のようにキレイな肌をしている・・・・ような気がする。(笑)

まぁ、「そらしなくてもイイんだったら、メークなんざぁ、しとーないワイ!」と思ってる女性も
大勢いらっしゃると思うが、「社会人のマナー」とやらで、お勤めの女性は化粧をしなけれ
ばならないってんだから、これほど胡散臭いマナーはない。

・・・・と、ここでふと思ったのだが、「社会人のマナーとして化粧をしなければならない」と
書いたが、もちろんそれは女性だけの話であって、男性は化粧などしなくてもマナー違反
にはならない。つまり、「お勤めする女性は化粧をしなければならない」というのは、社会
環境が生み出した「性差(ジェンダー)」に他ならないワケである。

・・・・・・・にもかかわらず、「ジェンダーフリー命」の皆さんは、田島陽子センセイを筆頭に
して、いつも皆様バッチリとメークを決めていらっしゃる! なーんじゃそれ!!!(爆)
「看護婦」を「看護士」、「保母さん」を「保育士」なんて、言葉狩りをしているヒマがあった
ら、性差の象徴である「お化粧撲滅運動」でもやって、まずは自らノーメークでマスコミに
出てきたらどうなのさ!(笑)



■平成17年4月4日  「ボクらの万博」

「愛・地球博」が開催されてから10日間が過ぎた。同博覧会・公式サイトの発表によると、
この間の総入場者数は622,605人だそうな。 開催期間は185日なので、単純計算すりゃ
期間中の予想入場者数は1,152万人ってことになる。もちろん途中にゴールデンウィーク
もありゃ夏休みだってあるワケだし、実際にはもう少し多くなるだろうが、それでも1500万
ってとこだろうか。

ちなみに、我々40歳以上の人間にとって「万博」と云えば、ナンたって「大阪万博」って
イメージが強い。70年にアジア初の万国博覧会として開催された大阪万博には、当時
は過去最多の77カ国が参加し、半年間の総入場者数は6421万人にも上り、閉会の
間際(1970年9月5日)には、たった1日で83万人以上もの入場者があったそうだ。

愛知万博の目玉が「冷凍マンモス」であるとするならば、大阪万博の目玉は「月の石」で
あった。前年の7月、アポロ11号により人類初の有人月探査が行なわれ、世界中かその
余韻からまだ覚めやらぬ状態であった時、我々一般人も「月の石」を見るチャンスがある
ってんだから、そりゃアメリカ館の前は長蛇の列で、平均待ち時間は軽く3〜4時間くらい
はあったと思う。(ちなみに私もその列に並んだ口である)

さて、ネットでいろいろ調べてみると、大阪万博が開催されて以来、つくば万博や大阪の
花博など、日本ではこれまでに数多くの万国博覧会が開催されてきたが、実際のところ
1980年に神戸で開催されたポートピア博を最後に、入場者数や収支面から云うと、どれ
もこれも限りなく「失敗(=赤字)」に近いものがあるようだ。

もっとも、「万博」ってのは「世界各国がその工業製品や科学機械、美術工芸品、種々の
文化財などを陳列して人々に観覧させ、産業や文化の振興に役立たせようとする催し」
であるからして、単に期間中の入場者数や収支だけで評価することはできない。 しかし
「祭り」ってのは、どうせやるなら大賑わいするにこしたことはないワケであり、そーゆー
意味では、愛知万博の現状ってのは、やっぱ寂しいものがある。

しかしよく考えてみれば、これだけ海外旅行が一般的になった現代ニッポンにおいては、
「外国文化の祭典」ってだけじゃ人は呼べないんじゃないかと思う。例えば、70年の大阪
万博の頃であれば、海外旅行なんてのは、まだ「夢の夢」って感じであったので、少しで
も海外の雰囲気を「実際に肌で味わってみたい」って人々が、全国から押し寄せたという
部分が大きかったと思うし、その一方で、高度成長期ってことで、国民全体が「イケイケ・ムード」になっていた。

ところが今じゃ、子供から大人まで気軽に海外に行くご時世であり、わざわざ遠くの都市
から万博会場まで行って各国のパビリオンを見学するくらいなら、一層のことその国まで
行っちまった方が、金銭的にも安上がりみたいな感じで、妙に場慣れ&打算的になって
しまい、「外国」ってだけじゃ、もはや胸のトキメキなんかないのかもしれない。

こうなると万博も将来的には淘汰されて消えて行く運命にあるような気がするが、実際は
赤字だろうが大失敗だろうが、絶対に「大儲け」する人々が必ずいるワケであり、それら
の人々が、相も変わらず「愛」だの「平和」だのを謳い文句にして、これからも万博を続け
て行くんでしょーなぁ・・・・・。



■平成17年4月5日  「平和論 」

もし「平和とは?」と問われたら、皆さんはどのように答えられるであろうか? 恐らく大半
の人々が「戦争のない状態」と答えると思う。 ところが、実際に戦争状態にある国家では
人々の大半が口を揃えて「我々は自由と平和のために戦っている!」と主張し始める。

つまり日本人にとって平和とは「戦争がないことを願う」ことであり、他の国々においては
平和とは「戦って勝ち取る権利」ってことである。 勉強不足のナンちゃって平和主義者が
「日本もスイスのように永世中立国として世界にアピールするべきじゃ!」と、アホなこと
を主張しているのを見かけることがあるが、スイスには軍隊もありゃ徴兵制だってある。
「中立」ってのを維持するには、やはり戦わなければならないことがあるからだ。

まぁ、平和ボケ気味のニッポンは横においといて、実際のところ西側の自由主義国家と
共産主義国家がケンカをした場合、どっちが有利かというと、これは圧倒的に共産国家
が有利である。これは作家の故・三島由紀夫氏も指摘していたことだが、ケンカ(戦争)
が発生した場合、西側諸国は当然ながら軍隊を導入する。共産国家も軍隊を導入する
ことはするのだが、いかんせん装備の面ではメチャメチャ不利であるため、それを補うた
めに、民間人を兵力として必ず使う。

これがクセモノで、軍隊 vs 軍隊のうちは問題はないのだが、軍隊 vs 民間人ってことに
なると、軍人が100人戦死するより、たった1人の民間人が戦死するほうが、世論的には
遥かにインパクトが強く、正確に述べるならば、民間人は「戦死者」ではなく、「犠牲者」と
して捉えられるため、西側諸国では、自由主義であるが故に「反戦キャンペーン」っての
が必ず大々的に巻き起こり、自国内に新たなる敵(= 反対勢力)が生まれてしまうワケで
ある。 その点、共産国家の場合は言論統制下にあるため、このようなキャンペーンが起
こるはずもない。

このことは日本社会でも、すぐに実感することができる。例えば何か社会問題が発生した
場合、左系の行動というのは、たいていは「市民フォーラム」とか「○○を絶対に許さない
市民の会」など、必ず「一般市民が怒っている」という状態を演出するが、これが右側に
なると、即座に街宣車による抗議行動に走るため、何となく「怖そうな人が怒ってる」って
ことになり、これらを本当の一般市民が見れば、どうしても左系の人の方が正しいように
思えてしまうワケである。

さて、ここでまた最初に書いた「平和」の話に戻るが、平和憲法として名高い日本国憲法
の第一条には、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な
理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われら
の安全と生存を保持しようと決意した」と書かれてある。 まぁ、念願して平和になるので
あれば、ついでに「地震が起こりませんように」とか「台風が来ませんように」と書いておけ
ば、昨年から今年にかけて多数発生した天災だってなかったってことになるんだろうが、
そんなワケがあるはずもなく、読めば読むほど、「平和ボケ日本」を象徴するような憲法
のような気がしないでもない。

21世紀の世の中にあって、軍隊を持っているからと云って、「侵略戦争をやるぞ!」なん
て考える国は、あの国とあの国くらいのモンであり、残り99%の国々は、あくまで「安全
保障」や「自衛手段」のために軍隊を保有している・・・・・・・・・・と、こんなことを書いたら、
「軍国主義者」と云うレッテルを貼られてしまうかもしれないが、わたしゃ戦争なんてのは
まっぴらゴメンである。ただ、自宅で鼻クソをほじくりながらテレビを観ているときに、突然
ヘンなオヤジが侵入してきて、襲い掛かってくれば遠慮なく張り倒させてもらう! これを
まさか「暴行事件」とは、さすがに誰も言わないであろう。

従って、もし「んじゃ、あなたは平和主義者なの?」と問われれば、自信を持ってワタシは
こう答える・・・・・



■平成17年4月6日  「奮闘中!」

    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!
    現在執筆中! やってます、書いてます! 現在執筆中! エライ、スゴイ!



■平成17年4月7日  「続・平和論」

5日付の徒然で「平和論」ってのを書いたが、その中でワタシは「自分は平和論者だ」と
厚かましくも宣言したが、実際の話、自分で「私は平和論者です!」なんて主張している
人間に限って、逆に好戦的な実に人間が多い・・・恐らく自分もその1人だと思う。

自称「平和論者」なる方々が大東亜戦争を評して、「社会そのものが狂気と化していた」
とか「特攻なんて正気の沙汰ではない」などと軽々しく口にしているが、はたして本当に
そうだったのであろうか? あの時代の日本人は単に血に飢えた狼だったのだろうか?
実はそれを検証するための1つの貴重な資料として、若き特攻隊員達の遺書がある。

故・大石清氏は大阪大空襲で父親を失い、さらに母親も病気のため他界。残されたのは
小学生の妹・静恵ちゃんだけであった。 そして特攻隊員として出撃する直前、幼き妹に
宛たのが下記の手紙である。

   ------------------------------------------------------------------------------------------

        なつかしい静(しい)ちゃん!
        おわかれの時がきました。兄ちゃんはいよいよ出げきします。
        この手紙がとどくころは、沖なは(縄)の海に散ってゐます。
        思ひがけない父、母の死で、幼ない静ちゃんを一人のこして
         いくのは、とてもかなしいのですが、ゆるして下さい。

        兄ちゃんのかたみとして静ちゃんの名であづけてゐた
        いうびん (郵便)通帳とハンコ、これは静ちゃんが女学校に
        上るときにつかつて下さい。時計と軍刀も送ります。
        これも木下のをぢさんに たのんで、売ってお金にかへなさい。
        兄ちゃんのかたみなどより、これからの静ちゃんの人生のはうが
        大じなのです。

        もうプロペラがまはつてゐます。さあ、出げきです。
        ではお兄 ちゃんは征きます。泣くなよ静ちゃん。がんばれ!

   ------------------------------------------------------------------------------------------

この手紙は、大石氏の愛機を担当していた整備員の少年が、大石氏に代わって郵送し
たのだが、その際、次のような手紙を同封していた。

   ------------------------------------------------------------------------------------------

        大石静恵ちやん、突然、見知らぬ者からの手紙でおどろかれた
        ことと 思ひます。わたしは大石伍長どのの飛行機がかりの兵隊
        です。伍長どのは今日、みごとに出げき(撃)されました。そのとき、
        このお手紙を わたしにあづけて行かれました。おとどけいたします。

        伍長どのは、静恵ちやんのつくつたにんぎやうを大へん だいじに
        してをられました。いつも、その小さなにんぎやうを飛行服の背中
        につつてをられました。ほかの飛行兵の人は、みんなこし(腰)や
         落下さん(傘)のバクタイ(縛帯)の胸にぶらさげてゐるのですが、
        伍長どのは、突入する時にんぎやうが怖がると可哀さうと言つて
        おんぶでもするやうに背中につつてをられました。
 
        飛行機にのるため走つて行かれる時など、そのにんぎやうが
        ゆらゆらとすがりつくやうにゆれて、うしろからでも一目で、あれが
        伍長どのとすぐにわかりました。 伍長どのは、いつも静恵ちやんと
        いつしよに居るつもりだつたのでせう。

        同行二人・・・・仏さまのことばで、さう言ひます。苦しいときも、
        さびしいときも、ひとりぽつちではない。いつも仏さまがそばにゐて
        はげましてくださる。伍長どのの仏さまは、きつと静恵ちやんだつた
        のでせう。

       けれど、今日からは伍長どのが静恵ちやんの”仏さま”になつて、
       いつも見てゐてくださることゝ思ひます。

       伍長どのは勇かんに敵の空母に体当たりされました。静恵ちやんも、
       りつぱな兄さんに負けないやう、元気を出してべんきやうしてください。

       さやうなら

   ------------------------------------------------------------------------------------------

いかがであろうか? これが「血に飢えた狼」の手紙でありえようか? これが「狂気の
社会の中に生きていた人間」の言葉でありえようか? 何と純粋、何と清らかな心なの
であろうか! 心を振るわせる幾多の文学作品でも、これほどの深い感動を呼び起こす
ことなどできないであろう。

しかし悲しいかな、そんな彼らも、もし生き残っていたならば、20世紀最悪の「勝者による
復讐劇」と云われる極東軍事裁判(=東京裁判)において、「戦犯」の汚名を着せられて、
戦後半世紀以上が経過しても、隣国や日本国内にいるごく一部の似非平和主義者から
云われ無き非難を受けてしまうのである。まさに「無情」「無念」というほかない。

これまでにも何度も書いてきたことだが、私は決して特攻を美化し、そして大東亜戦争を
一方的に正当化しようとは思わない。ただ、戦争とは無縁の現代社会に生きている自分
の価値観だけで、あの時代の出来事すべてを否定したくはない・・・それだけである。

人は誰でも、天使になれるほどの「純粋さ」と「慈愛」を持ち合わせていると同時に、時と
して悪魔になれるほどの「愚かさ」と「残酷さ」も心の中に必ず持ち合わせている。それを
自覚することこそが、間違いなく平和への第一歩である・・・・ふとそんな気がした。



■平成17年4月8日  「お洒落にシャンパンを!」

えーと、もはや「季節の風物詩」というか、「ナイフラOPEN以来の持病」というか、とりあえ
ずネタ写真が底をついてしまって、どーしようもない状態に陥っている! 無論、この危機
を救うことができるのは、ここに集う紳士淑女の皆様からの「愛の救援物資」だけである。
・・・・・・てなことで、「またかよ〜〜〜ぉ!」などと大人気ないことを言わず、どうか迷える
子羊に愛の手を差し伸べて頂きたい! おねげーしますだぁ・・・・。

                           ★

さてさて、昨日から今日にかけ、溜まりに溜まった労働に追われてアホほど忙しかった。
で、あまりの過酷さに半泣き状態になっていた時に、パチ嫁から唐突に電話があり、何事
かと思ったら、「シャンパンのコルクが、なかなかとれへんねんけど、どーやって開けたら
エエの?」などとタワケた質問をしてきやがった。もちろん普通の人であれば、 「 ゴラッ!
オノレは何を考えとんじゃ〜〜ぁ!」と一喝する場面なのだが、根っからの「心の優しさ」
が災いして、ワタシは親切に「正しいシャンパンの開け方」を教えてやった。

するってーと、それまでどうしても開けることができなかったのが、まるで魔法にかかった
かのようにス〜っと開いため、パチ嫁はエラク感動してしまい、「簡単で安全なシャンパン
の開け方なんて、絶対に普通の人は知らんでぇ。徒然のネタにしよーぜい!」と誘い水を
かけてきたので、さっそくネタとして採用することにした。

おっほん! えー皆様、ご家庭でシャンパンを飲まれる際、どのようにコルクを開けていら
っしゃるでしょうか?(←ソムリエ風のしゃべり 笑) ほとんどの人が、ボトルの底の部分
は腹にあて、そして口の部分を前方斜め上に向けて、そして両手でボトルの首の上部を
シッカリと握りしめ、でもって両手の親指の腹でコルクをジワジワ〜っと上方に押し上げ
ているのではないだろう?  もちろんこれでも一応は開けることができることはできるが、かなりの力が必要なため、女性の力だと厳しいものがある。さらに、飛び出したコルクが
天井の照明を直撃したりとかすることがあり、かなり危険でもある。

んじゃぁ、どーやったらソムリエのようにスマート&簡単に開けられるかってーと・・・・

  1)まず左手の人差し指と親指で輪をつくり、ちょうど「OKサイン」の型を作る。

  2)その輪の部分でコルクの外周を包み込むようにして握り締める。

  3)この時点では、単にヨッパライのオッサンが片手で焼酎のビンを持ってる
    状態にしか見えないが、そんなことは気にしない。

  4)次に右手の掌全体でボトルの底の部分を包み込むように持つ。

  5)そして、コルクを握り締めた左手は一切動かさず、ボトルの底を持った
    右手でボトル自体を回す。

  6)すると、ウソのように簡単にコルクが上方に上がっていく。

  7)半分以上コルクが開くと、もう自然にコルクが上に持ち上がり、自分で
    開こうとするので、それを逆に左手で押さえつけるようにして上昇率を
    調整する。

  8)そしてあとちょっとで開くという手前で、左手の親指でコルクの側面を
    押してやり、少しだけコルクが斜めに傾いた状態にしてやる。これに
    より、コルクの底の一部分だけが、ほんの少しボトル口から持ち上が
    った状態になり、わずかだがコルクとボトルの間に隙間ができる。

   9)すると、その隙間から「すかしっ屁」のような音と共に、ボトル内の
     ガスが抜けていく。1〜2秒で音がしなくなるので、あとは最後に
     左手でコルクを軽く回せばコルクがポロリとボトルから外れる。

                                     ・・・・・・・・以上である。

まぁ、早い話が「コルクを回すのではなく、ボトルの方を回す」ってのがコツなのである。
パーティーの席ならまだしも、やはり落ち着いた雰囲気のフレンチ・レストランで、お客様
を驚かせてしまうような派手な音を出してシャンパンを開けることはタブーである。従って
ソムリエは上記のような方法で、ほぼ無音でシャンパンを開けるワケである・・・・・なんて
書いたら、皆様、今宵はナンとなく自宅でシャンパンが飲みたくなってきたのでは?(笑)



■平成17年4月9日  「素朴な疑問 in 2005」

元々、ワタシは人に物事を聞くより自分自身で調べる方が好きで、昔から国語辞典とか
広辞苑、そして「現代用語の基礎知識」なんてのが愛読書であった。さらにインターネット
が登場してからというものは、益々この傾向が強まってはいるのだが、それでも解らないことってのは当然ながら出てくる。

特に芸能関係のことについては、あまりにも基礎知識が欠落しているために、調べようと
思っても、一体何をどのようにして調べれば良いのかすら解らないことすらある。例えば、
最近、調べようと思って断念したことの1つに「叶姉妹」ってのがある。

見るからに「セレブ」って感じがする姉妹ではあるが、結局、あの人たちは何屋さんなの
だろうか? 映画やドラマ等に出てるところを観たことがないので女優ではないだろうし、
かと言って大企業の社長婦人でもなさそうである。にもかかわらず、かなりリッチっぽい。
一体、どのようにして高収入を得て、あのようなハイソな生活をしているのであろうか?
いるのであろうか? まぁ、大きなお世話なんだろうけど・・・・)

他にもまだある。名古屋では歯磨き粉のチューブみたいな感じの容器に入った「味噌」が
スーパーで売られているらしいのだが、チョコ女史によると、「名古屋人の家庭の冷蔵庫
には、必ずチューブ入り味噌はある!」そうなのだが、これって本当の話なのだろうか?
まさか無作為に選び出した名古屋人のご家庭に上がり込み、勝手に冷蔵庫の中を開け
てみるワケにもいかないので、調べようがない。

                      ■■ 名古屋名物?のチューブ入り味噌 ■■
                 
                 「つけてみそ・かけてみそ」         「献立いろいろみそ」

あと、これは小さなお子さんがいらっしゃるご家庭であれば、絶対に一度は目撃したこと
があると思うのだが、2〜3歳くらいの子供ってのは、けっこう寝相が悪く、冬でも布団を
蹴飛ばして寝ている。ところが、途中でやっぱり寒くなるのか、身体を丸めて寝始めるの
だが、その際の姿勢ってのが、正座した状態から上半身を前に倒したようなポーズで寝
ているのである。なぜ子供は寒い時に、このように「アラーの神へのお祈りポーズ」で寝る
のだろうか? さらに、これをネットで調べる場合には、一体どのようなキーワードで調べ
ればイイのだろうか・・・・・・世の中、謎ばかりである・・・・・・



■平成17年4月11日  「抗議行動と暴徒」

既に皆さんニュース報道などでご存知の通り、9日の北京に続いて翌10日には広州でも
大々的な反日デモが発生し、日系企業や日本食レストラン、そして日本大使館への投石
や、邦人留学生に対しての暴行事件まで起こったようである。

これに対する中国政府のコメントってのが、「歴史問題での最近の誤った日本の態度と
行為に不満を抱く人々が自発的に行ったデモある」ということで、物的被害などについて
謝罪は一切なかった。ネット上での発言にすら厳しい制限が加えられている中国におい
て、「自発的なデモ」を行なう自由が認められていたとは、正に驚きである。(笑) 

まぁ、原潜による領海侵犯事件の時もそうだったが、この辺のところの中国政府の対応
ってのは、ある意味で予想通りというか、ワンパターンであるからして、別にどうでもエエ
ことなのだが、ワタシが思わず「オイオイ」と思ってしまったのは、この事件を伝える共同
通信のニュース記事の内容である。

   -------------------------------------------------------------------------------------------

       中国南部の広東省広州市で10日、日本の国連安全保障理事会
       常任理事国入りなどに反対する約2万人の群衆が日系スーパー、
       ジャスコの入る商業施設前に集まり、投石などの抗議行動をした。
       これに先立ち約3千人が、日本総領事館の入る市中心部のホテル
       周辺を取り囲み気勢を上げた。

   -------------------------------------------------------------------------------------------

「投石などの抗議行動をした」だってぇ? 国際的にはこれを「抗議行動」ではなく「暴動」
と呼ぶ。また日本国内であれば、「集団による器物は損事件」という、立派な犯罪も成立
する。さらに「気勢を上げた」はエエが、この記事を書いた記者は「気勢」の意味を知って
いるのだろうか?

               きせい【気勢】  
                意気込んだ気持ち。勢い。元気。
                「―をそがれる」「―があがる」
                ――を揚(あ)・げる
                仲間が集まって、意気盛んなところを見せる。
                                              「大辞林第二版」より

歴史問題と無関係の和食レストランに投石をしたり、日本人というだけで殴りかかったり
することを、共同通信社では「意気込んでいる」とか「元気がある」と表現するワケかい?
あのA新聞ですら、語尾に「被害が出た」と書いているのに。(笑)

あくまでも中国政府発表によるデモの原因である「歴史問題」であるが、そもそも歴史を
検証する際には、双方ともが科学的&客観的に行なわなければならない。これを文化的
&政治的にしてしまうと、必ず「見解の相違」というのが出てしまい、絶対に相互理解など
ありえないのである。

しかし当事国同士というのは、どうしても複雑な利害計算が働き、正しき判断が下せない
場合が多い。中国との尖閣問題にしろ韓国との竹島問題にしろ、ワタシ的には、そろそろ
国際司法裁判所において、国際法に基づいて冷静に判断してもらった方がイイんじゃな
いかと思う。で、万が一、裁定で「魚釣島は中国領である」とか「竹島は韓国領土である」
と結論付けられたならば、さっさと返還すれば良いし、逆に「どちらも日本の領土である」
と判断されたならば、中国も韓国も黙って引き下がってもらいたいものである。

とにもかくにも、歴史問題や領土問題とは直接的に関係のない人々が被害に遭うような
大衆行動は、もはや「デモ」とか「抗議」とは呼べない。単なる「愚者による暴挙」である。



■平成17年4月12日  「歴史に学ぶ」

歴史に学ぶ・・・・・首脳会談において中国代表がよく使う言葉であるり、日本の学校教育
の基本的方針とも云える言葉だが、人は一体、歴史から何を学んできたのであろうか?

昨年の8月6日付の徒然で、ワタシは「歴史教育一考」と題して、子供達への歴史教育
の在り方についての私見を述べた。その主旨は「歴史教育に主語は不要。大切なのは
誰が加害者で誰が被害者かではなく、人間の愚かさを教えること」といったものである。
もちろんこの持論はいまだに健在であり、昨今の反日でもを見るにつけ、益々強くそう思
うようになってきている。

そんなワタシが、今メチャメチャ興味を持ちつつ、ほぼ毎日のように訪問しているサイトが
ある。 いわゆる「掲示板サイト」なのだが、日本人と韓国人の両者が議論し合えるよう、
翻訳機能が付いている画期的な掲示板なのである。 ご存知のように、日本語と韓国語
は文法的に非常に似通った部分があるため、かなり正確な翻訳がなされているようで、
そりゃ時には「ん? ん? ん?」となることもあるものの、全般的には相手の意見が十分
に理解できるレベルにある。

     ■NAVER-ENJOY KOREA(ヒストリー系)
       http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/list.php?id=enjoyjapan_8

     ■NAVER-ENJOY KOREA(時事/ニュース系)
       http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/list.php?id=enjoyjapan_16

で、ここの掲示板(テキスト系)の「時事/ニュース」や「ヒストリー」というタイトルのスレを
見てみると、日韓両国の歴史教育が、いかに貧困で間違えたものであったか・・・・いや、
「あったか」ではなく、「いかに貧困で間違えたものであるか」が、非常によく理解できる。
せっかく画期的な翻訳機能が装備されているにもかかわらず、出てくるのは相手の国を
根底から否定する誹謗中傷の言葉ばかりで、「相互理解」とは程遠い世界なのである。
一体、我々人類は歴史から何を学んだというのであろうか?

結局、両国の若者が歴史から学んだものは「憎しみの心」だけであって、これをまた次の
世代に伝えるという、愚行の無限ループに陥っているのである。悲しいことではあるが、
これが国民の代表たる政治家や、優秀な頭脳を持っているはずの役人がプログラムした
「歴史教育」の成果なのだ。

パンを作る際、イースト菌の発酵を促すために、生地を練った後でしばらく放置しなけれ
ばならない。どのくらい放置するか一応の目安はあるものの、気温や湿度など、その日の
環境によって設定を変えなければ、仕上がりに大きな違いが出てくるという。

歴史というものもこれと同じである。結果だけ全てを判断するのは愚者の論理であって、
賢者は、必ずその時の全ての要因(=環境条件)を考慮した上で、科学的なアプローチ
で検証を行なう。歴史に「if」は禁物であると云われているが、科学的検証をする際には
この「if」というのも大切なアプローチ法である。

当たり前の話だが、「歴史」というものは非常に長い。少なくとも日韓両国の歴史は、ここ
100年間の話ではない。しかし掲示板を見る限り、両者の歴史観はこの100年だけに
ほぼ限定されてしまっている。これではドラマの最後の部分だけを見て、ストーリー全体
を批評するのと同じである。

主語(=国家名)への拘りを捨て、あらゆる環境的要因を考慮し、さらには時代を遡って
因果関係を検証できるようになった時、初めて両国の間に真の相互理解が生まれる。
「歴史教育」の存在意義はそこにあると云えよう。



■平成17年4月13日  「料理バンザイ!」

何をコーフンしていたのか、ここ2日間ほど、やたら重い内容の徒然が続いたので、今日
はちょいと軽目の話題ってことで、久しぶりに「食べ物」について書くことにする。

「和・洋・中」や「肉・魚・野菜」等など、ご存知のように料理の分類法ってのは数多くある
ワケだが、ワタシは新たなる分類として、1)家で作って食べる料理 2)外で買ってきて
家で食べる料理  3)家でも外でも食べる料理 4)外だけで食べる料理・・・以上の4つ
に分けてみた。

まず1)の家で作って食べる料理だが、例えば旅行や入院、そして宴会など、特殊な場合
を除いて、通常の生活においては、「目玉焼き」とか「ウインナー」など、手間隙のかから
ない料理全般、さらに「すき焼き」や「水炊き」などの鍋料理は、ほとんどの方々が自宅で
作って召し上がっていると思うし、意外なところでは、シチューなんてのも自宅タイプだと
思う。

次に2)の外で買ってきて家で食べる場合だが、実は現代ニッポンにおいては、これが
食生活の大部分を占めている。例えば、レトルト食品なんてのはすべてそうだし、他にも
ギョーザやシュウマイ、そしてお惣菜関係なんかは、家で作らずとも、スーパーなんかで
パック入りの物が販売されている。

3)の家でも外でも食べる料理の代表は、何と言っても「カレーライス」であろう。 細かい
ことを言えば、外で食べる場合は昼食、そして自宅では夕食として食べるのが一般的で
ある。(まぁ、中には朝っぱからカレーを食べてもぜーんぜんOK!って人もいるが。笑)
不思議なのは、カレーもシチューも、作業工程としては、似たところがあるはずなのに、
シチューを外で食べることはあまりない・・・・・・・というか、お昼の定食としてシチューを
置いてある店自体、ほとんどないような気がする。

他にも刺身や丼物なんかも、自宅でも外でも食べる料理の1つなんだが、丼物に関して
述べるなら、世界三大丼の中でも、「親子丼と他人丼は自宅でも作るが、天丼ってのは
圧倒的に外食パターンが多い。恐らく、これは天ぷら自体を自宅で作るのが困難だし、
スーパーで売っている天ぷらは、調理してから時間がたっているため、かなり油っぽい
ってのが理由ではないだろうか?

で、最後に4)の外でしか食べない料理であるが、もちろん本格的な中華やフレンチ等は
外でしか食べないとは思うが、それ以外にも、最近では「茶碗蒸し」なんてのがこの仲間
に入ってるんじゃないかと思う。茶碗蒸しと云えば、以前であれば家庭料理の常連さん
の1つであったが、ここんところまったく見かけない。(あれ? ウチだけ??)

実はワタシ、巷(ちまた)では「チャワムニスト(←もちろん造語でっせぇ)」として有名で、
小さいヤツであれば、2〜3個食べても平気なのである。ところがコレを食べるチャンス
ってのが割と限られていて、宴会の席か小料理屋さんでないと食べられないのである。
一部、居酒屋さんでも茶碗蒸しをやってるところはあるようだが、それは例外的な場合
がほとんどであり、チャワムニストとしては非常に苦難の時代を迎えているワケである。

さてここでもう1度、家庭料理の話題に戻るが、「A級風グルメ」で「イケてる盛付け」って
のを解説したことがある。我々はもちろんプロのシェフじゃないので、当然ながら家庭で
作る料理というのは、味もさることながら、外見からしてやはり外食と比べて地味になり
がちである。まぁ、味に関しては個人の好みもあるし、1日や2日でどうにかなるもんじゃ
ない。そこで、わずかの工夫で、思いっきりハッタリを利かせる方法は何かないか?って
ことで、イケてる盛付け方法というのをご紹介したワケである。

盛付けってのは、やっぱ美的センスがないと上手にできないようで、バイキング料理を
食べれば、だいたいその人の美的センスが解る。チョコ女史なんかは、やっぱり彩りや
栄養バランスを考えながら、実に上手に盛り付けていくのだが、ワタシの場合、どんなに
慎重に盛り付けても、いつも残飯状態になってしまう。(同じA型なのに・・・・) ちなみに
ナイフラ随一の美的センスの持ち主であるダン隊長とは、残念ながらバイキング料理を
一緒に食べに行ったことがないが、きっと上手に盛付けるんじゃないかと思う。

さらにチョコ女史の食生活を見ていると、かなりの「偏食家」であるにも関わらず、非常に
芸の細かい料理を作っている。これで酒が飲めれば、カンペキなのだが、残念なことに
チョコ女史はまったく酒が飲めない。(その代わり、その名の通り、チョコレートに関しては
いつでも、どこでも、どんな状況でも食べているが・・・)

                      実に芸の細かいチョコ女史の手料理の数々
  
      味ご飯と焼き鮭&煮物           白身魚のホイル焼き              イカパスタ

ああああああああああ! そうだ!! 食べ物と言えば、先日も徒然の中でレポートした
ように、ついに我がナイフラの備蓄米が底を突いてしまった!!! 明日の更新を最後
に、もうネタは一切ない! もしナイフラが更新されないとなったら、皆さん、困るでしょ?
困りますよね? 困ってくれますよね?(笑) てなことで、慈悲に満ち溢れた紳士淑女の
皆さん、今日のお昼ご飯でもイイし、上司のハゲ頭の拡大写真でもOKなので、大至急、
愛の救援物資をナイフラ宛にお送り下さいませ! よろしく!



■平成17年4月14日  「ささやかな外交」

2日前の徒然にも書いたが、ワタシは今、「日韓翻訳掲示板」というのに、かなりハマって
いる。日本にも2ちゃんねるやYahoo掲示板など、いろんな掲示板サイトがあるが、ワタシ
は、それらを読んで楽しむことはあっても、実際に自分が投稿することは、ほとんど皆無
であった。

ところが日韓翻訳掲示板を読んでいて、あまりに日本が誤解を受けていることに対して、
かなり強いショックを受けてしまい、「このままじゃイカン!」という思いに駆られ、ついに
ワタシも議論に参加するようになったのである。もっとも、「議論」と言っても、そこに投稿
されている内容の大半が、2ちゃんのノリというか、ほとんど意味のない愚者による誹謗
中傷のオンパレードで、真面目に議論しているのは、全体の1%くらいである。

さらに問題なのは、その真面目な1%の人々の内、韓国の青年たちの主張というのは、
残念なことに、日本に対する基礎知識の欠落が顕著で、かなり強い偏見に満ち溢れて
いるのである。もちろん、それは彼の責任というよりは、国内の世論をコントロールする
手段として、「反日運動」というものを巧みに利用している韓国の政治家たちの責任に
よるところが大きい。

激しい議論の中で、彼らの「日本批判」の根幹となしているのは、次の3つである。

     1) 日本は歴史を歪曲した教科書を使って教育を行なっている
     2) 獨島(竹島)は韓国固有の領土であるにもかかわらず、日本
        は、戦前のように侵略しようとしている。
     3) 靖国参拝は戦争の美化であり、犯罪者を讃える蛮行である。

上記3つの事柄は、韓国人であれば幼い頃から家庭でも学校でも、繰り返し叩き込まれ
るらしく、さらに徴兵制度があるため、そこで完全に個人的な思考力は奪われ、ひたすら
「愛国心」だけを植えつけられることが、さらに拍車をかけているそうなのである。 無論
この3つの主張に対して、ワタシは自分なりの解釈を交え、彼らに「事実」を伝えようと試
みた。

まず1)の「歴史の歪曲」に関してだが、ワタシは彼らに「具体的に、どこの教科書のどの
記述が、歴史を歪曲しているのか」と尋ねてみたところ、誰も答えることができなかった。
さらに「あなたは実際に日本の教科書を手にして読んだことがありますか?」という質問
に対しても、全員が「No」という返事であった。つまり、韓国のマスメディアや学校教育の
中で、実(まこと)しやかに流れている「日本は歴史を歪曲している」という「噂」のみが、
彼らの主張の根拠だったのである。

次に2)の竹島問題であるが、この件に対して、ワタシが「話し合いで解決できないので
あれば、国際法に則り、国際司法裁判所で第三者に冷静な判断を仰ぐというのが、大人
の国の態度ではないか?」という意見を述べたところ、「資料こそ少ないが、獨島は歴史
的に見ても韓国領であることは間違いので、裁判の必要はない。そもそも、国連を盲目
信じるべきではない」という反論があったので、「ならば、どうして韓国は国連を脱退しな
いのか? 信じてもいない団体に加入する意味などないのではないか?」と問い質すと、
これも「それはそうだが・・・・」と、急に勢いがなくなる。

そして、彼らが最も強く主張しているのが、3)の靖国問題である。この問題だけは、最初
に挙げた2つの問題と異なり、「韓国人の心が傷ついた」という、精神的苦痛がその根幹
にあるため、どんなにこちらが「日本は日韓国交正常化の際、既に国家賠償は済ませて
いるし、その後も歴代首相が17回も公式に謝罪をしている」と説明しても、彼らは一向に
納得しようとはしないのである。

そこで私は彼らに「あなたはご先祖の墓参りをしますか?」と尋ねた。 ご存知のように、
韓国では儒教の影響が非常に大きく、誰もが「先祖崇拝信仰」というものを持っている。
もちろん、この質問に対して、彼らは「Yes」と答えた。そこで次に「では、もし自分の父母
が何かの罪を犯してしまい、裁判の結果、処刑されてしまったとしましょう。その場合に、
あなたは父母の墓参りはしませんか?」と問うた。これももちろん答えは「Yes」である。
そこで、最後に一気に私は次のように説明した。

     そうですよね。例え父母が罪を犯して処刑された人間であったとしても、
     あなたは必ずお墓参りはすると思います。その時、あなたは父母の眠る
     墓前で、「私もお父さん、お母さんのように犯罪者になります」などと祈る
     でしょうか? そんなはずありませんよね? きっと「お父さん、お母さん、
     私はあなた方の代わりに、世の中の役に立つような立派な人間になり
     ますと誓うことでしょう。靖国参拝もまったく同じなのです。国家の代表
     が、国家の先祖に、国家の平和な未来を約束する・・・・・これのどこが
     「戦争美化」で、どこが「右翼化傾向」なのでしょう? 先ほどの例で言う
     ならば、あなたが父母の墓参りをするのは、決して父母の犯した犯罪を
     美化するためでもなく、あなた自身が犯罪傾向にあるわけでもないのと
      同じことなのです。

この説明には、彼らも納得せざるを得ない部分があったようだが、それでも「でも、戦犯
を他の場所に、分祀する方法もあるはずです」との反論があったので、これに対しても、
「では、ご両親をご先祖様の眠る墓ではなく、まったく別のお墓に葬るのですか? もし
ご両親が生きておられた時に、死んだらご先祖のところに行くと言っておられても、別の
場所に埋葬するのですか?」と言うと、彼らは無言になった。

そもそも、彼らの中には、これまた基礎知識にかける部分があり、戦争責任として処刑さ
れた日本人は、A級戦犯の7名だけだと思っている。 実際には、これに加えてB級・C級
戦犯として、朝鮮人21名、台湾人20名を含む1,068名が、一方的な「勝者の理論」により
処刑されている。極東軍事裁判(東京裁判)が、国際法を無視した勝者による一方的な
勝者の復讐劇であり、A級戦犯を初めとするほとんどの戦犯が、実際には無罪であった
ということは、世界中の国際法学者だけではなく、その裁判を主催したマッカーサー将軍
やウエッブ裁判長自身が、後に公式に認めていることでもあり、議論の余地がない。

さて数時間にも及ぶ議論で、彼らは正々堂々と議論に挑んできたし、私たち日本人側も
それに対して誠実に答えた。そして、複数の議題の中から、とりあえず「歴史の歪曲」に
テーマを絞り、さらに議論を進め、最終的に私たち日本人側が、実際に日本で使われて
いる教科書の中の、日韓併合のあたりの記述をデジカメで撮影し、彼らにそれを見ても
らって判断してもらうということで、話がまとまった。(無論、版権や著作権の問題がある
ので、十分な注意が必要であることは言うまでもない。)

実際、彼らは私たちが「実際に教科書を見れば、何よりも日本が歴史を歪曲した教科書
を使っているかどうか明確に理解してもらえるだろう」と言うと、彼らはかなり驚いた様子
で、「実際には歪曲してなかったのか?」と聞いてきた。

議論の中で、ある日本人が「政治家や役人がヘタに弁明するより、日本の教科書PDF
ファイルか何かでネット上にUPし、実際に韓国の人々に読んでもらった方が、友好関係
が築けるんじゃないだろうか?」と言っていたのが印象的であった。 さらに韓国人の中
にも、「どのような教科書を使って教育しているかは、他国の人間が口を挟むべきことで
はない」と、非常に冷静な意見を述べていた。

政治家や外務省高官による華々しい外交と異なり、我々が掲示板で行なった議論という
のは、本当にささやかな日韓外交ではある。 しかし、21世紀後半を担うであろう韓国の
若者達と「事実を基にした冷静な議論」ができたことは、それら政府間交渉よりも遥かに
実りある物であったと自負している。

いま私は、この議論に参加している人々と、定期的な勉強会を開き、相互理解を深めて
いくことができればと思っている。政治的策略の影響を全く受けない環境での勉強会の
輪が広がっていけば、必ずや日韓の未来は明るいものになると、私は信じて疑わない。



■平成17年4月20日  「結果報告(日韓討論会)」

イヤイヤ、皆様、6日ぶりでございます♪ ハイハイ、分かってます、分かってます!!
「アホゥ! 更新作業をサボって、ナニをしとったんじゃ!」とおっしゃんるでしょ? (笑)
実はバカ正直に答えると、例の日韓翻訳掲示板でずーっと喧々諤々の議論をしていた
のである!

14日の徒然では、「日本の中学で実際に使われている教科書を、デジカメで撮影した物
をWeb上に UP し、それを実際に見ながら議論しようじゃないか!」ということで、メデタク
話がまとまったと書いたが、その公約通り、翌15日の午後10時から、日韓合同で討論会
を開催したのである。

この討論会には、韓国側から日本語を理解できるL氏人が出席してくれ、L氏はホントに
原文に忠実な翻訳をしてくれたのだ。参加者の中のほとんどは、「日本の歴史教科書の
中には、日韓併合や強制連行のことなど書かれておらず、歴史を著しく歪曲&隠蔽して
いると、心から信じていたせいもあり、実際には、それらの事柄が明確に記載されていた
ことに、「韓国内で流れている報道や、学校で教わったことと全く違う・・・」と、かなり強い
衝撃を受けていた。

そして通訳を務めてくれたL氏と、もう1人の韓国人学生が、「中国関連のページも、ぜひ
読んでみたい」というので、私が「それならば教科書そのものを、郵送します」と提案した
ところ、非常に喜んでくれた。(その後、念のために韓国の税関にも直接問い合わせをし
て、日本の教科書を韓国に送ることに対して、何か問題があるかどうか確認したところ、
「まったく問題はない」との解答であった。

中国では、先週末、さらに激しい反日デモが発生したが、恐らく彼らの大半が、「事実」と
言うものをまったく知らされずに育ったのだと思う。韓国であれば、まだ自由に欧米各国
や日本のサイトにアクセスすることが可能だが、中国では政府の非常に厳しい制限下に
あり、それらのサイトへ自由にアクセスすることはできない。

中国政府の発表によると、中国側は反日デモを防ぐため、100万人以上の市民にメール
で「反日デモに参加しないように」と注意を促したそうだが、冷静に考えれば、これも非常
にスゴイことである。言葉を換えれば、当局は100万人以上の市民のメルアドを掌握して
いたということであり、「厳しい制限」というのが事実である何よりの証拠である。

また、在日中国大使館の黄星原参事官は19日、都内の同大使館で記者会見し、日本
各地で中国関連施設に嫌がらせ行為が発生していることに対して、「テロ、破壊行為」で
あると強く批判し、日本政府に「謝罪と賠償、犯罪者の処罰と事件の再発防止」を強く求
めてきた。

ここで皆さん、よく思い出して欲しい。17日に中国の北京で開催された日中外相会議に
おいて、日本の町村外相が反日デモに伴う被害に対して中国側に「謝罪と賠償、そして
再発防止」を要求した時の、李肇星外相のコメントを。氏は「中国はこれまで一度も日本
国民に申し訳ないことをしたことはない」と述べ、謝罪も賠償も拒否したのである。 この
大いなる矛盾した態度に、不快感を覚えない人間は恐らくいないであろう。

韓国でも確かに激しい反日デモが起きている。 しかし少なくとも一般の日本人観光客や
日本食レストラン、日系企業への暴力的行為はない。もちろん、国旗を焼く行為に関して
は、許されるものではないが、とりあえず過激な行動に走っているのは、ごく一部の人々
であり、「一般の韓国人はとても親日的」との印象を私は持っているし、事実、討論会で
実際に韓国で暮らす若者からの生の情報を聞いてみると、圧倒的に「日本政府は嫌い
だが、個人としての日本人には、大半の韓国人が親しみを持っている」と言っていた。

もちろん中国においても同様で、「2万人規模のデモ」とはいえ、その大半は野次馬根性
から参加した人々だと思うし、ニュース映像で見る限りは、反日デモの急先鋒として行進
していた男性の所持する携帯の着メロが、「SMAP」の曲であったりと、かなりイイ加減な
排日運動ではある。

これらのことを総合して考えると、私は改めて「教育の怖さ」というものを感じずにはいら
れない。そして、それらを管理している政治家や官僚ってのは、一体ナニをやってるんだ
ろうか?という疑問を持たずにはいられないのである。

・・・・・と、ふと気が付けば、またまたやたらと固い話になってしまったが、まぁ、とりあえず
この数日間で、あまりにもいろんなことがあったため、私もそれなりにコーフンしているの
である。(笑) 明日の徒然では、久しぶりにパチKの話でも書いて、平和(ボケ)ニッポン
を象徴するような、マイルドな雰囲気にする予定なので、乞うご期待!(笑)



■平成17年4月21日  「新たなる趣味発見!」

ここんところ、徹夜で日韓掲示板に張り付いていたせいか、午後になると猛烈に睡魔が
襲ってくる。 でもって、ふと気がつくと、デスクの上は「ヨダレの海」と化しており、それを
拭くのが日課となりつつある。

さてさて、世の中には将棋やゴルフ、盆栽や乗馬等など、いろんな趣味があり、皆様方も
他人に自慢できるかどうかは別として、何か1つくらいは「趣味」をお持ちかと思う。以前
はワタシも、「フライト・シミュレーター」とか「実機の操縦」等の趣味を持っていたのだが、
今は「これがワタシの趣味です!」と、声を大にして言えるものがまったくない。

「んじゃ、ナイフラはなんなの?」と問われると、「趣味」というよりは、「よくサボる日課」と
言った感覚に近いかもしれない。さらにアルコールは「欠かせない日課」であり、旅行は
苦痛以外の何物でもない。

何だかツマんない人生を歩んでいるなぁ・・・・・と思い、急にヘコんできたので、あわてて
パチKに電話して慰めてもらい、さらにパチ嫁とも話していたら、ひょんなことからパチ嫁
が、人生を楽しく過ごす重要なヒントを与えてくれた! パチ嫁によると、ワタシがどんな
時に、最高の笑顔、最高に楽しそうな顔をしてるかというと、ナンとパチKをイジメている
時なんだそうである!(爆)

確かに思い当たるフシはメチャメチャある! 普段、徒然の原稿を書くのに、平均すると
20分から30分くらいかかるのだが、パチKの話題になった途端、10分くらいで書き上
がってしまうのである! 今日はどの角度からイジメようか、どのようにイビろうか考えて
いると、やたらと顔がニヤけてしまうのだ。 もちろん、そんなワタシの茶目っ気を、笑って
許してくれるパチKが大人ってことであり、要は彼の手の中で、ワタシは遊んでいるだけ
の話なのだが、そんな小難しいことは知ったこっちゃない。

・・・・てなことで、電話中にパチKから聞いた最近のパチ家の話題を基にして、ついつい
こんなもんを作ってしまいました! 皆さん、ごゆっくりパチKの近況をお楽しみ下さい。

             哀愁のパチKストーリー  「パチKです・・・・・」

                                        あー楽しかったぁ!(笑)



■平成17年4月22日  「言語空間のルール」

ここんところ、日韓掲示板にベッタリと張り付いていたこともあり、妙に「言葉の重み」って
のを感じることが多い。 どーゆーことかというと、当たり前の話だが、掲示板というのは
相手のジェスチャーや表情が一切見えない、純然たる「言語空間」であり、本来ならば、
実際に人と会って話す時以上に、言葉を選びながら注意して発言しなくてはならない。

ところが、掲示板独特とも言える「匿名の隠れ蓑」が災いし、これらの基本的なルールが
守られることなく、激しい言葉のやり取り、言葉の暴力が渦巻いているのが現状である。

今さら改めて言うことではないのかもしれなが、「言葉」を選ぶというのは非常に難しい。
さらに、いくら適切な言葉を選び出したとしても、「(言葉が)過ぎる」とケンカになり、逆に
「言葉不足」になると、不要な誤解を生み出してしまう。つまり、ほどよい「間合い」を保つ
というのが、非常に難しいワケである。

そこでキーポイントとなるのが「信頼」と「敬意」である。相手との間に信頼があったなら、
または相手に対して、少しでも「敬意」というものがあったなら、相手と話す際には、言葉
が過ぎないように自制するであろうし、また相手が言葉不足であった場合には、それを
補った上で、相手のことを理解するようになる。 (これの逆が、いわゆる「坊主憎けりゃ、
袈裟まで憎い」ってヤツである。)

言葉というのは、決して相手を傷つけるための道具ではない。ところが、人間は時として
それを武器として使用してしまうことがある。心無き報道による人権侵害は、その典型的
な例であろう。スポーツにルールがあるように、言語空間での勝負にも、ルールはある。
そのルールを無視した議論など何の意味もなく、そこにあるのは「憎悪」の概念だけだ。

ワタシも自身、この徒然の中で好き勝手なことを書いてきたが、果たしてそれが本当に
言語空間におけるルールに沿ったものであったのかどうか、もう一度省みる必要がある
と、シミジミと感じる今日此の頃である。



■平成17年4月23日  「アホらしい名案」

つい数年前までは「政治」ってのにすんげー興味があったのだが、最近はスッカリそれが
失せてしまった。理由は極めてシンプルで、「アホらしくなった」からである。

例えば「政治改革」。コイズミさんも総理デビュー当時は、「自民党をぶっ潰す!」なんて
威勢のイイことを言ってたし、どのセージカも、マジな顔して「政治改革の実現を!」って
声高々に国民に訴えてる。 もう、アホかと! バカかと!!  本気で改革する気がある
んだったら、まず自分達が今すぐにセージカを辞めればイイのだ。

これはプロ野球を見てりゃ、すぐに解ることだ。 監督やコーチなど、首脳陣を総入れ替え
した途端に、前年度は最下位意だったチームが優勝したりなんてことは、別に珍しいこと
ではない。企業だって同じ。 ゴーガンさんが日産の社長になった途端、急に企業体質が
変わって、イイ雰囲気になってきた。だから政治だって議員を総入れ替えすりゃ、イヤで
も変わるのだが、彼らは絶対にそんなこはやらない。 口では「天下国家のために」とか
調子のイイことを言ってても、所詮は「自己利益」のためにセージカ家業をやってるだけ
のことである。

もちろん、総入れ替えをしたところで、既存の政治システムで続けていく限りは、いずれ
「政治腐敗」というのが出てくることは間違いないのだが、諸悪の根源はどこにあるかと
言うと、こりゃ「選挙システム」にあると言わざるを得ない。

国会議員ってのは、当然ながら日本国の運営をする人々である。 ところが、どーやって
その議員を選び出しているかというと、各都道府県で選挙を行い、当選した人が国会に
やって来るワケである。(比例区を除く) こーゆーシステムである以上、議員にとっては
地元民というのは、いわば「クライアント」さんであって、自分が今後も当選し続けていく
ためには、いろいろと便宜を図ってあげなくてはイカンということになる。こうなると、どう
しても、「天下国家」より「地元利益」を優先させるセージカばかりになるのは当然である。

そこでだ! ここでワタシが新しい選挙システムを提案したい! まず、国会議員になり
たい人は、役所に行って登録をする。ここまでは今までと同じなのだが、立候補する場所
を自分では決められない。投票直前になってから、「あなたは東京3区です」と発表する。
つまり、今までのように、議員になってからも、ロクすっぽ国家のために働かず、ただ単に
次の選挙に当選するために、地元で地盤固めをしても、次の選挙の際に、そこが自分の
選挙区になるとは限らないため、そのような裏工作ができなくなるって寸法だ。

イメージ的には夏の甲子園みたいな感じで、大会直前に組み合せ抽選会を行なうって
感じで、選挙の告示がなされた時に、立候補者が抽選で選挙区を選ぶってわけである。
こうすりゃ、少なくとも「地元利益誘導型」のアホ議員は減るんじゃないかと思う。

よく贈収賄事件で辞職した議員が、1〜2年して再び立候補し、当選した途端、「これで
禊(みそぎ)は終わった」なんてアホなことを言ってるが、ワタシの提案するシステムだと
そう簡単に禊は終わらないハズである。つーか、1回でも事件を起した人物など、二度と
立候補できないように法改正しなければ話にならない。

でも、イソップ物語ではないが、問題は「では、誰がライオンに鈴を付けるのか?」ってと
ころなんだよなぁ。いくら「名案じゃ!」と騒いだところで、法改正の権利を持っているのは
現職の議員達であり、彼らが自分に不都合な法改正をやるワケがない。となると、こりゃ
永遠にニッポンの政治は「腐敗構造」から脱却できないとうことになる。何だかすんげー
虚しくなってきて、ついついワタシは「あ〜ぁ、アホらしい・・・・」と思うワケである。



■平成17年4月24日  「複雑な心理?」

「今度こそ忘れずに!」と思っていたのに、結局はコロッと忘れてしまい、「あ〜ぁ、また忘
れちゃったよ・・・」なんてボヤいたことが、誰でも1つや2つはあると思う。例えば、お気に
入りのカフェなんかで、「今度行った時にでも、営業時間と定休日を聞いておこっと♪」と
思いながら、いつも行ったら聞くのを忘れてしまうとかである。

もちろんワタシにも、いまだに実行に移せないでいる些細なことが3つほどある。1つ目は
「飛行機のトイレ内にあるカップ」である。 どーゆーことかってーと、歯磨きをした後、口を
ゆすぐために、備え付けの紙コップを引っ張り出そうとすると、必ず4〜5個ほどまとめて
引っ張り出してしまうのだ。たぶん、ゆっくりと慎重に引っ張れば、ちゃんと1つだけ出てく
ると思うのだが、別に焦っているワケじゃないのに、ナゼかいつも「サッ」と取ってしまい、
オマケの紙コップがくっ付いて出てくるのである。いつか絶対に1つだけをカンペキに取り
出したいと思ってはいるのだが、いまだに実現していない。

で、2番目が「インスタント味噌汁の制覇」である。ご存知のように生タイプのインスタント
味噌汁は、「生味噌」の入った袋と「具」の入った袋の2つで構成されている。これをお椀
の中に出して、上からお湯を注ぎ、よくかき混ぜてから飲む・・・・・いたって簡単な作業で
ある。ところがワタシの場合、自分では完璧にかき混ぜたつもりなのに、飲み終わった後
のお椀の中を覗いて見ると、必ず味噌の塊が残っているのである。 ヒジョーに貧乏臭い
話ではあるが、何だか味噌に負けたような気がしてミョーに悔しい。そこで「今度こそ!」
と、新たなる誓いを立てるのだが、イザ飲もうとする時には、「誓い」よりも「食い気」の方
が勝っているのか、これまた、よーくかき混ぜるのをコロッと忘れてしまうのである。(笑)

そして最後が「2種類のラーメンを同時に作ること」である。実は以前、知人宅を訪問した
際に、妙に感動してしまったことがあった。ちょうど昼時だったこともあり、知人がワタシに
「インスタントラーメンでも作るわ。味噌と醤油、どっちがエエ?」と聞いたので、ワタシは
「あ、一緒のヤツでエエよ」と答えた。すると「あ、ごめん、1つずつしかないねん。だから
どっちか選んで」と言うので、「んじゃ、醤油にするわ」ってことで話がまとまった。

最初に「一緒のヤツでエエ」と言ったのは、もちろん2種類作るとなると、1個ずつ別々に
作らなくてはならないので、お手数をかけちゃ悪いと思ったからである。ところがである!
それから数分後、彼は味噌ラーメンと醤油ラーメンをほぼ同時に完成させ、テーブルまで
運んできたのである。そこでワタシが「鍋を2つ使ったんや。悪いね。洗い物を増やして」
と謝ると、彼は「え? なんで? 鍋は1つしか使ってないよ」と言うので、今度はこちらが
「え? え?」と言う番になってしまった。

皆さん、インスタントラーメンの「正しい作り方」をご存知であろうか? これは包装袋にも
ちゃんと書いてあるのだが、沸騰したお湯にラーメンを入れて湯がき、麺がほぐれ、ある
程度やわらかくなったところで、コンロの火を止めて、それから粉末スープを入れて仕上
げる・・・・・・これが正しい手順である。 ポイントは「コンロの火を止めてから粉末スープを
入れる」というところである。

知人はこの特性を最大限利用して、味噌ラーメンと醤油ラーメンの粉末スープを、あらか
じめ、どんぶりの中に入れておき、麺の方は1つの鍋で同時に湯がいて、柔らかくなった
ところで各どんぶりに注いで、それぞれの粉末スープと混ぜ合わせていたのである!!
確かにこれならば、2種類のインスタント・ラーメンを同時に作ることができる。

これを見て以来、いつかは自宅でも実行しようと考えていたのだが、今日現在、いまだに
実行に移せていない。 つーか、実はワタシは韓国の「辛ラーメン」が大好きで、それしか
買わないため、実行のしようがないのである。(笑) 

まぁ、要は別に忘れたところで、日常生活には何ら支障がないから、安心して忘れてしま
うんだろうが、そのままずーっと忘れてしまえばイイものを、必ず行動が完了した直後に
思い出し、「あっ! また忘れてしまった・・・」と、反省と悔しさ、そしてアキラメが混ざった
ような複雑な心理状態に陥るのは、ワタシだけなんだろうか??(笑)



■平成17年4月26日  「日本の教科書を斬る!」

「日本の中学校で使われてる教科書を、わざわざ取り寄せて読んでみる」ってのが、最近
ワタシの中で密かにブームとなっている。 無論そのきっかけは、例の日韓翻訳掲示板で
ある。で、久しぶりに教科書を広げて見たところ、もうビックリ仰天の嵐! あまりの変貌
に、ワタシはしばし言葉を失ってしまった。

まずは英語。ワタシが中学生の頃の英語の教科書(New Prince English Course だった)
は、「This is a pen」から始まり、次第に疑問文、否定文、感嘆文の学習へと流れていった
ものだが、今の教科書は、イキナリ「Hello, how are you!」なのである。つまり文法中心の
英語教育から、日常会話中心の英語教育へと変わっていったワケである。

さらにワタシらの頃は、確か中1の終わりくらいに「筆記体」ってのを習った記憶があるの
だが、今の中学生は筆記体は習わないらしい。その理由は簡単で「ネイティブは筆記体
を使っていないから」というものであった。 まぁ、こんなことに気が付くのに、20年以上も
かかるんだから、文部科学省の役人ってのは、本当に「浮世離れしてる」としか云いよう
がない。

でも英語の場合は、良い方向への変化なのだから、まだ許せるのだが、社会に関しては
一言でいうと、「ぜんぜんオモロないわ・・・・」という感じであった。理科系の人々によって
書かれた電化製品の「取り扱い説明書」ってのが、イマイチよく解らないのと同じように、
歴史研究家が書いた歴史の教科書ってのは、よくまぁ、これだけ歴史をツマんなく書ける
もんだと、思わず頭を抱えてしまうほどヒドイ文章である。

ワタシは歴史教科書には、3つの「D」ってが必要だと考えている。 「Data」、「Document」
そして「Drama」である。最後の「ドラマ性」というのは、「ストーリー性」と言い換えてもよい
かもしれない。 言うまでもなく、歴史というのは、過去から現在に至る、連続したドラマで
ある。時代と時代の間には、深い関連性と必然性があり、それらをどのように上手に説明
するかが、腕の見せ所でもある。ところが、教科書の文章たるや、まるで電話帳を読んで
いる感覚とでも言うのだろうか、ただ無機質に覚えるべき単語が書き並べてあるだけで、
「ストーリー性」ってのがまったくないのだ。 いくらData(資料)とDocument(記録性)って
のがシッカリとしていても、これじゃ、誰も読もうという気持ちにはなれないであろう。

さらに文章がヘタなだけではなく、誤解を生む可能性のある表現が非常に多い。中でも
最悪なのが、1945年のポツダム宣言の受託に関する記述である。教科書には次のよう
に書いてある。

      連合国は、日本との戦争を終わらせる準備も進め、7月には、日本に
      無条件降伏をともめるポツダム宣言を発表しました。(中略) 日本は
      8月14日、ポツダム宣言を受け入れて、降伏することを決定し、15日
      天皇は、降伏をラジオ放送で国民に知らせました。

恐らく皆さんの中にも、「日本政府は無条件降伏をした」と信じている人が多いと思うが、
実はこれは極めて不正確な表現なのである。 このことは実際にポツダム宣言を原文で
読んでみれば一目瞭然である。宣言の中で、日本に直接関係する部分は13項目あるの
だが、その中で「無条件降伏」という言葉はたった1箇所しか出てこない。それは13項目
の中の最後、第13項目である。

       13 . We call upon the government of Japan to proclaim now
          the unconditional surrender of all Japanese armed forces,
          and to provide proper and adequate assurances of their
          good faith in such action. The alternative for Japan is prompt
          and utter destruction.

        我々は日本国政府が直ちに日本の全軍隊の無条件降伏
        宣言し、かつこの行動における同政府の誠意について適当
        かつ充分な保障を提供することを同政府に対し要求する。
        これ以外の日本国の選択には、迅速かつ完全な壊滅のみ
        があるだけである。

上記原文を読んで頂ければお解かりのように、連合国がポツダム宣言の中で要求した
のは、「日本政府の無条件降伏」ではなく、あくまでも「全日本軍の無条件降伏」である。
従って、教科書の記述も、「日本に無条件降伏をともめるポツダム宣言を発表しました」
ではなく、もっと正確に「日本政府に全ての日本軍の無条件降伏を求めるポツダム宣言
を発表しました」と記述するべきなのである。

この教科書を執筆した方々は、いずれも著名な大学教授ばかりである。いわば「歴史の
専門家」たちが、上記の事実を知らないはずがない。となると、何か意図を持って書いた
と言わざるを得ないのではないだろうか? 

ポツダム宣言を教える以上は、その内容を現代語訳したものを生徒に指し示して解説
するのが本道なのだが、恐らく実際の授業の現場では、そのようなことをされていない
だろうし、そもそも学生にとっても教師にもっても、教科書というのは基礎教養を身に付
けるためのものではなく、単に「受験の道具」に過ぎないというのが現状であろう。

歴史が絶えず流れ、止まることはない。 過去から現在だけではなく、現在から未来へも
つながっている。 これから100年後の歴史教科書に、今の時代がどのように記載されて
いるのだろうか? 楽しみでもあり、また不安でもある・・・・・・もちろん、その時、ワタシは
生きてはいないんだから、なーんも関係がないのかもしれないが。(笑)



■平成17年4月27日  「懲りないパチK」

ちょいと世話を焼いて上げた人から、何かお礼の品をもらったりなんかすると、妙に嬉し
かったりするものである。 もちろん気持ちの問題であるからして、物自体の良し悪しって
のは、基本的に関係ない。 それでも、やっぱ人間、欲しくないモノをもらうよりは、欲しい
モノをもらった方が嬉しいワケであり、このことに対して誰も依存はないと思う。

ワタシの高校時代からの友人・パチK・・・・ヤツは基本的にメチャメチャ優しい男であり、
また男気もある。 従って、ワタシを含めて、けっこうパチKに感謝してる人が、周囲に
大勢いたりなんかするワケである。でもって、ワタシの場合、誠意は言葉でしか表わさ
ないのだが、世間一般の人々は「モノ」で表わす場合が多い・・・・と、ここまでの内容に
関しても、「そりゃヘンですぜぇ、旦那!」なんて文句をつける人はいないと思う。

さてここからが今日の本題である。 実は昨日、パチ嫁から突然に「怒りの電話」がかか
ってきた。「あのオッサンのお人よしには、頭に来たわ!」と、こなりコーフン気味である。
ただでさえ更年期障害+高血圧気味のパチ嫁である。ワタシとの電話中に死なれても、
ヒジョーに気まずい。てなことで、とりあえず落ち着かせた後、事の次第を聞いてみた。

以前、「パチKさんに、本当にお世話になったんです。」という人が、その感謝の気持ちを
込めて、鰆(さわら)をパチ家に届けに来てくれたことがあったそうな。パチKもパチ嫁も、
魚は大好きである。喜んだことは喜んだのだが、問題はその大きさで、全長1mはあろう
かと云う、大物の鰆だったのである。もちろん、一応は「主婦」として世間的に認知されて
いるパチ嫁であるからして、魚のさばき方くらいは知っている。しかし、それはあくまでも
タイとかアジなんかの話であって、1mもある大物をさばくギジツはないし、それ以前に
出刃包丁だってない。

しかし、せっかくの誠意を無駄にするワケにもいかず、たまたま居酒屋経験のある知人
が、その場に居合わせたこともあり、その人に頼んで、何とかさばいてもらったのだが、
なんせ大きな魚だけに、スーパーで売っている切り身サイズに換算して、軽く50枚くらい
になってしまった。夫婦二人暮しで、50枚も食べられるハズもない。そこで、その知人や
他の友人に電話をかけまくり、何とか無駄にならずに済んだ。

しかしパチ嫁的には、それはそれは、かなり苦労したため、パチKに、「気持ちは本当に
有難いけれども、夫婦二人の生活で、あんなに大きな魚をもらっても、持て余してしまい、
もったいないだけだし、今度また魚をもらうことがあったりしたら、“ ウチの嫁、大きな魚は
さばいたことがないので、悪いんだけど、冷蔵庫に入る程度の大きさにさばいてくれない
かな?”って言ってネ」と優しく忠告しておいた。

ところがだ、それから2ヶ月が経過した昨日、パチ嫁が買い物から帰ってくると玄関先に
巨大な発砲スチロールが鎮座していて、その中には全長1.5mの巨大な鰆が安置されて
いたのである! あわててパチKに電話すると、「 あのさぁ、“お世話になっています!”
って、また魚をくれたんよぉ。で、もらう側なのに、切り身にしてくれとも言えなくてさぁ・・・」
と、弱々しい弁解をし始めた。

1.5mもの巨大な魚を載せる「まな板」を置いている家庭が、日本にどのくらい存在するで
あろうか? そーゆー常識的なことには全く知恵が回らないパチKは、「近所の魚屋さん
に頼んで、さばいてもらったらエエんとちゃう?」などと寝ぼけたことを言ってる。 漁師町
の商店街でもあるまいし、そんなに都合よく近所に魚屋さんがあるハズもない。

いや、仮にあったとしても、1.5mもの巨大な魚を、たった二人で食べ切る夫婦が、日本に
どれだけいると思っているのであろか? それでも事の重大性が全く認識できていない
パチKは、この場に及んでも、「オレは鰆って、好きだけどなぁ・・・」とボヤいている。要は
なーんも後先のことを考えちゃいないワケである。

結局、処分に困ったパチ嫁は、悩みに悩んだ挙句、ナンと事もあろうに、このサイトでも
紹介している「さぬき一番」という、有名なうどん屋さんに持っていき、そこのお兄さんに
「お兄さん、魚って好き? え? 大好きって? あ〜ぁ、そ〜なんだぁ♪ 今、旬の魚って
やっぱり鰆(さわら)だよねぇ。塩焼きにしても美味しいし、味噌焼きにしても美味しいもん
ねぇ。 お? お兄さんも鰆が好きなの? そりゃ〜良かった♪」と、言いながら、お兄さん
を駐車場まで連れ出し、車の中に積んであった鰆を、「いつもお世話になっているから、
この鰆、プレゼントするわ♪」と、無理やり押し付けたのである!

うどん屋さんに云ってうどんを食べず、いつも酒と中華料理を注文し、その上さらに自分
の家で持て余した魚を押し付けるパチ嫁・・・・・・・実にたくましいというか、厚かましいと
いうか、ある意味で主婦の鑑とも云えるかもしれない。

んでもって、さぬき一番のお兄さんも、すんげー親切な人で、わざわざ知り合いの板さん
に電話して来てもらい、その場で鰆をさばいたところ、実に100切れ以上の切り身が誕生
し、その内の何切れかを、ちゃーんと、お土産用にしてパチ嫁に渡してくれたそうである。
イヤイヤ、「さぬき一番」の皆様、バカ夫婦に成り代わりまして、心より厚く深くお礼申し上
げます、ハイ!

そして、パチK、1つだけ言わせてくれ。魚を頂戴する時は、まずテメーの家のキッチンと
夫婦二人の胃袋の「キャパ」ってモンを考えてからもらおうな。わかるな?




          
                   キレイにさばいて頂いた鰆ちゃん(実物の1/3の大きさ)


P.S. プロの板さんの技を持ってしても、解体作業がすべて終了するのに、小一時間
    ほどかかっていたそうな。一応、パチKにお説教の1つでもしてやろうと思って、
    夜になってから電話してみたら、パチKが「こんばんは。サワラ・コウタロウです」
    と、みょーに明るい声で出てきやがった。やっぱりコイツはまったく反省してない
    ようである・・・・・・。



■平成17年4月28日  「日本語進化論」

時代と共に言語は進化する・・・・・・これはNZの著名な言語学者、シゲキ・M・ラーオ博士
の言葉である。確かに同じ日本語でも、各時代に各時代の言葉ってのがあり、その極端
な例として、毎年「流行語大賞」なんてイベントもある。

21世紀のニッポンに置いては、北海道・稚内の人と沖縄の波照間島の人の間でも、問題
なくコミュニケーションは取れる。いわゆる「標準語」ってのを、お互いに知っているからで
ある。もちろん、これはラジオ&テレビが普及したことが、大きく貢献している。 その証拠
に、今を遡ること130年ほど前の幕末の頃、全国各地の武士達が江戸や京の都で会議を
開いても、お互いに相手の方言を知らないために、なかなか意思の疎通ができなかった
そうである。

さて、最近(でもないが)、若い方々は、やたらと「超」という言葉を使う。 「超マズイ」とか
「超ムカつく」とかである。この場合の「超」とは、「非常に」とか「とっても」という意味なの
だが、その割には不思議なことに、みんなそれほど困っている様子や怒っている雰囲気
はない。いや、むしろ「超明るい表情」だったりするワケである。

さらにワタシとしては、若い人と話をしていて、イントネーションが非常に気になることが
多い。例えば、「そうなんです。私は鰆(さわら)が嫌いなんですよ」と言えば良いものを、
「ほらっ、ワタシ、鰆、嫌い?」と言ったり、ストランで「あなたは何を食べますか?」と尋ね
ても、「私・・・ピザ?」と、妙に語尾を上げて疑問文の形式でしゃべるのである。 しかも、
「〜は」とか「〜が」をカットしているので、思わず「一体あなたは何語をしゃべっているの
ですか?」と尋ねたくなる場合がある。 要は自分の意見に対して「断定」をせず、相手の
同意を得るための隙間を用意しているワケである。これって、進化なのだろうか? それ
とも退化なのだろうか?

以前、日本のテレビ番組を見ていて、非常に情けなくなったことがある。それはいわゆる
「旅番組」ってヤツで、その回は韓国の小さな港町をレポートしていた。皆さん、ご存知の
ように、韓国のお年寄りの中には、日帝時代の影響で日本語が話せる方々も大勢いる。
その日、インタビューを受けていたお年よりも、非常に日本語が堪能な方であった。

いかにも頭の悪そうなレポーターが、日本ではあまり見かけない魚を指差して、「これは
食べれるんですか?」と尋ねると、その老人が澄んだ声で、「はい。食べられます。」と
答えた。日本人であるレポーターが、「ら抜き言葉」を話して、韓国人である老人の方が、
正しい日本語を話していたのだ。

もちろん、「ら抜き言葉」というのも、進化の1つなのだろうが、やはりT.P.O.に合わせて、
正しい日本語を話すことができてこそ、初めて「進化である!」と断言できるのではない
だろうか?・・・・なーんて、そんなことに憤慨していえるワタシは、もはや化石的人間なの
かもしれない。(笑)


                        back to the menu




©Knight Flight 2003. Presented By C-sama, Cap.Dan and Chocolist