■平成17年5月4日  「見たいと思う現実」

実は、飽きっぽいワタシにしては非常に珍しいことなのだが、例の「日韓翻訳掲示板」に
いまだにハマっている。マジな話、近年、コレほどまでにワタシを燃えさせてくれた掲示板
ってのは他にはない。

しかし、その楽しみ方ってが、最初の頃はもちろん「日韓の相互理解」がメインだったの
だが、このところは「娯楽として楽しむ」みたいな感じに変化してきた。要は日本に向けら
れた根拠なき誤解を、論理的に説明するというのが「ほぼ不可能である」と分かり、それ
に伴ってだんだん真面目に投稿するのがアホらしくなってきたのである。(笑)

まぁ、韓国側の利用者は、高校生や大学生が多いこともあるのだが、とにかく基礎知識
に欠ける者が多く、それでも素直に聞く耳を持っていれば良いのだが、いかんせん韓国
における反日教育の成果なのか、既に結論が先にあるため、日本人の説明など、ハナ
っから信じちゃいないのである。

さらに「国際的視点から見た日韓併合の話」をしている時に、いきなり豊臣秀吉の名前
を出してきて、「秀吉も朝鮮を侵略し、我々の先祖に対して・・・」なんて話題に飛ぶワケ
だから、真面目に対応していたら、それこそ腹が立ってくるワケである。そこで、これらの
やりとりを、ある種の「コント」と割り切ると、これが案外と楽しめたりなんかするのである。
発想的には「マズイ機内食を楽しんじゃおうぜい!」という笑食のコンセプトに近い。

ここで、思わずワタシが爆笑してしまった、彼らの「日本批判」の一部をご紹介しよう。

    1) 日本は歴史を歪曲・隠蔽した教科書を使い、そこにはアジア侵略は
       おろか、真珠湾攻撃や原爆のことすら書いていない。

    2) 日本は右翼化しており、再び侵略戦争を企てようとしている。

    3) 日本は世界の国々から嫌われている。

    4) 日本語の平仮名のルーツは、ハングル文字である。

    5) 毎回、国内に悪い政府が生まれる度に、韓国人は倒してきた。
       しかし、日本人は悪い政府を、そのままのさばらせている。

    6) 韓国は一度も日本との戦いに負けたことはない。

ご覧のように、説明する気力すら失せてしまうような批判ばかりである。 教科書問題に
ついては、実際には誰も日本の教科書を読んだ人はおらず、「読んだことも見たこともな
いのに、どうして歪曲・隠蔽があると分かるの? 一度くらい読んでから批判しなよ!」と
反論すると、ほぼ全員が「教科書の中身は、韓国の新聞で見たので知っている。だから
実際に見る必要はない!」と真顔で答える。そして、5番の批判に、「倒す以前に、毎回、
悪い政府を作るなよ〜ぉ・・・・・・」とツッコミを入れてると、いきなり従軍慰安婦問題の話
に切り替えられてしまった。(笑)


         人間ならば誰にでも現実のすべてが見えるわけではない。
         多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない。

・・・・・・・・・・・これは古代ローマ帝国の将軍・Gaius Julius Caesar の有名な言葉である。
ご存知のようにシーザーと言えば、今から2000年以上も前のオヤジだが、日韓掲示板
でのバトルを見るに付け、このセリフの重みをミョーに感じてしまう。結局、科学は発展し
てきたが、人間の本質は古代からぜんぜん進化していないということであろう。



■平成17年5月5日  「のどかな休日」

いつも休日返上で仕事で忙しく走り回っているパチKが、珍しく今年のG.W.は5日も休み
が取れたと聞き、「こりゃ一発、冷やかしにでも行くべーか」と思い立ち、さっそくパチK邸
に奇襲攻撃をかけに行った。

昔から、前もって電話をして、パチKの都合を聞くなどという習慣は、小指の先ほども持ち
合わせていないワタシなのだが、今回は珍しく前々日の夕方6時くらいに、一応電話して
みたのだが、誰も出やしない。これが普通の家庭であれば、「やっぱG.W.中だし、二人で
どこか出かけただな」ということで、あっさりとアキラメがつくのだが、パチ家の場合、事情がまったく違う。実はあのバカ夫婦は、通常でも午後8時には就寝し、早い時にはナンと
午後5時に布団に入ってしまうという、原始人のような生活をしているのである。 当然な
がら、「絶対にヤツらは家で爆睡しているハズだ!!」とニラんだワタシは、迷うことなく、
奇襲攻撃当日は、午前8時過ぎにパチ邸に向かった。

普通の家庭なら、休日の午前8時と云えば、まだ寝ているところが多いと思うが、先ほど
「原始人のような生活」と書いた通り、彼らは「日の入りと共に寝て、日の出と共に起きる」
という生活をしているため、朝はめっぽう早く、パチKなんかは午前4時過ぎには起きたり
なんかしているワケである。(ったく、ジジイでも、こんなに早く起きねーぞ!)

てなワケで、奇襲攻撃をしてはみたものの、案の定、午前8時の段階でパチKは片手に
ビール、そしてパチ嫁は焼酎の入ったグラスを既に握り、別に驚く様子もなく、「おう!」と
挨拶してきた。(もっと驚け!)

さてさて、パチKは先月この徒然の中で紹介した「哀愁のパチK ストーリー」の出来栄え
に満足してくれたのか、突然の来訪にもかかわらず、「今日は天気もエエこっちゃしさぁ、
外でバーベキューでもしよけ?」と言い出し、普段であれば、茶の1つも出さないパチ嫁
までが、率先して準備を始め出した。人間、「死期が近づいてくると奇行が目立つ」と言う
が、ヤツらも死期が迫っているのだろうか?と一瞬だけ心配したが、相変わらずゴーカイ
な飲みっぷりを見ていると、あと軽く100年くらいは生きそうである。

まぁ、そんなこんなで、朝っぱらから家の前でバーベキュー・パーティーが始ったワケなの
だが、あの夫婦だきゃ、ポカポカ陽気につられたワケではないんだろうが、すげーデカイ
声で、「祝日だし、日の丸を掲揚しなきゃいかんのちゃうかぁ?」とか、とてもここでは書け
ないような「愛国心あふれる発言」をバンバンして、道ゆく人々なんかは、パチ邸の前を
通り過ぎる時だけ小走りになる始末である。

でもって、本来なら、そのメンバーの中では、唯一理性的なワタシが彼らをなだめるべき
状況なんだろうが、こっちも久しぶりに朝っぱらから酒を飲んで、スッカリ出来上がってし
まい、「ガハハハハハ、そりゃそーだよなぁ! オシ、どこかで日の丸と軍艦旗でも買って
来るかぁ?  ん? それだと右翼に間違えられるよなぁ・・・おっしゃぁ! ついでに他の国
の旗も買ってこようぜい! これなら、みんな運動会だと思って、きっと好意的に見てくれ
るぜ、ガハハハハハハハ!」と、パチ夫妻以上に大声でシャウトし、気がついたらついに
パチ邸の前を通り過ぎる人はいなくなっていた。

やっぱり、こーゆー場には、ダン隊長とチョコ女史も参加して頂いて、過激な我々3人を
厳しく管理してもらわにゃイカンよなぁ・・・・・(笑)

                    
                        焼き鳥を焼く姿が、妙に似合っているパチK



■平成17年5月6日  「サクラ散る・・・・」

新聞も読んだ。NHKニュースも観た。ついでにCNNだって観た。もちろんインターネットで
情報も集めた。友達とも話した。パチ夫妻にも相談した。記憶もたどってみた。 最大限の
努力をした。気力も振り絞った・・・・・・・。

しかし・・・・・・・・どーしても、今日の徒然のネタが見つからなかった・・・・・・申し訳ない!



■平成17年5月9日  「自慢」

「自慢」という言葉がある。国語辞典で調べると、「自分のことや自分に関係のあることを
他人に誇ること」と説明されている。 見てお解かりのように、この時点では別に悪い言葉
ではない。ところが、これが形容動詞の「自慢げ」になると、途端に印象が悪くなり、さらに
派生語の「自慢たらしい」に至っては、もはや憎しみさえ湧き出てしまうほど、イヤな意味
の言葉になる。

さて「自慢」本来の意味に戻って、いろいろと考えてみよう。先ほどの説明の中に、「他人
に誇ること 」と書いているが、この「誇る」ってのは、自慢する側にしてみれば、相手から
「スゴイじゃん!」という反応が返ってくることを期待しているのだが、自慢を聞く側にして
みれば、もし相手が自分よりも低いレベルの話、又は無関係・無関心の事柄を誇ってい
た場合なんざぁ、本音としては「スゴイ!」といより、「カワイイやっちゃのぉ」とか、極端な
場合は「憐れみ」すら感じるのではないだろうか?

実は以前、ひょんなことから、ワタシは自分とは無縁の某宗教関係者・Aさんのお宅に招
かれたことがあった。 Aさん(60代の女性)は、延々と某宗教団体の素晴しさを、ワタシに
説き伏せてくれていたのだが、元来、「新興宗教」ってモンにぜんぜん興味がないワタシ
は、彼女の熱弁をよそに、鼻クソを丸めながら話半分で聞いていた。

と、そこに、その方の孫と思われる5歳くらいの子供が現れた。するとAさんは、急に目を
細めて孫を見つめながら、その子のの話を始めたのである。で、その話の内容ってのが
「この子は本当に賢くて、毎朝、起きたら一番に外に出て、太陽に向かって手を合わせて
拝むんですよ。オホホホホホホホホ♪」みたいな感じでなのである。Aさんにしてみれば、
孫のこの行為はメチャメチャ自慢なんだろうが、第三者のワタシにしてみれば、「ブキミ」
意外の何物でもなく、「憐れみ」というより、むしろ「滑稽さ」を感じたのであった。

まぁ、これなど、相手がワタシには「無関係・無関心」のことを誇っていたからこそ、沸き起
こった感情だと思うのだが、逆に相手が、メチャメチャ興味はあるが、自分には手の届か
ないような内容の事柄を誇っていた場合、人は「嫉妬」と言うものが、心の中にフツフツと
沸き起こり、「自慢げに話しやがって!」とか、「アイツの話は、自慢たらしくてイヤだ!」
ってな感じになるんじゃないかと思うワケである。

つまり、相手にとっては別に悪気のない「自慢」なのだが、受け取る側にとっては、「自慢」
ではなく、もはや「高慢」に映ってしまうのだ。 「高慢」を辞書で調べると、「自分が優れて
いると思って、他を侮(あなど)ること」と書いているが、正に「侮られた!!」という怒りが
沸いてくるのであろう。

・・・・・・・で、なぜ今日は「自慢」の話を書いているかというと、この徒然の内容のことで、
読者の皆様から「お褒めの言葉」を頂戴することが時々ある(「お叱り」は多々あるが・・・)
のだが、ワタシ的にはこれがケッコウ自慢だったりなんかするワケである。で、そのことを
「自慢げ」に、ダン隊長やチョコ女史、そしてパチ夫妻にすると、みんなニコヤカに聞いて
くれるのである・・・・・・これって、「憐れみ」を感じているからなん?(笑)



■平成17年5月10日  「必殺・英会話上達法!」

以前、この徒然で「英会話ブーム」というタイトルで、「日本語で挨拶ができないヤツが、
英語で挨拶できるようになるはずがない!」という主旨の与太話を書いたことがあるが、
読者の方から「続編を書いて欲しい」というリクエストを頂戴した。

    ---------------------------------------------------------------------------------------
        
      「続英会話ブーム」をリクエストします。子どもの英会話が上達しない
      のは挨拶ができないなど躾がなっていないからだとおっしゃっていま
      したが、大人の場合はどのような原因が考えられますか。 私の知人
      (34才・女性)が現在英会話を必死に勉強中です。高額な英語教材に
      英会話チャンネルとかなりお金をかけているようですがあまり効果が
      ありません。しかも、彼女はご主人の仕事の関係でアメリカに3ヶ月も
      住んでいました。 彼女の場合、原因は「人の話を聞いていない」のと
      英語を間違えることを恐れていることではないかと思います。私も海外
      移住(シンガポールかマレーシア)を検討中なので英語を勉強中です。
      効果的な学習方法があればご教授くださませ。

    ---------------------------------------------------------------------------------------

確かに、高い教材を買い、英会話スクールにも通っているのに、なかなか英語が流暢に
しゃべれるようにならず、お困りの方は多々いらっしゃると思う。 当たり前の話ではある
が、どんなに英語が苦手な人でも、日本人がまったく住んでいなくて、日本語がぜんぜん
通じないアメリカの田舎町に10年も住んでりゃ、イヤでも流暢にしゃべれるようになる。
これは間違いない。

しかし、日本に居ながら英語を完璧にマスターしようと思うのであれば、語学の天才でも
ない限り、方法は1つしかない。それは「お金」である・・・・・・なんて書くと、「だから、高い
教材も買ったし、英会話スクールにも金を払ってるって言ってるじゃん!」と、憤慨される
ことだろう。しかし、ワタシが言う「お金」とは、自分が支払うお金ではなく、儲けるお金の
ことなのである。

例えば、普段、欧米人が日常会話で使っている単語数は、3,000語前後と言われている。
ここで、もし「発音から意味まで完璧にマスターしたら、単語1個につき1万円が貰える」
と言われたら、どうします?  日常会話に必要な3,000語を覚えたら、ナンと3,000万円が
GETできるワケなのだから、そらたいていの人は、必死に覚えることであろう。(笑)

ま、実際にはそんな夢のようなバイトなんざどこにもないが、ワタシが言いたいのは英語
能力なんてものは、そのモチベーション(動機づけ)によってナンボでも向上するってこと
である。従って、「私って、本当に語学の才能がないわ・・・」なんて、クヨクヨする必要性は
ないのである。それを踏まえた上で、金をあまりかけずに英語をマスターするユニークな
方法を1つご紹介しませう。

まず、何でもイイから50個の質問を考えて欲しい。例えば「好きな花は?」とか、「好きな
俳優は?」でもいいし、「無人島に何か3つ持っていくとしたら、何を持っていく?」でもOK
である。とにかく50個ほど質問を用意しておけば、絶対に3時間は会話に困らない!(笑)

この時、大事なことが2つある。1つ目は、相手の答えが聞き取れなかった場合は、必ず
メモ帳を取り出し、そこにその人の言ったセリフを書いてもらうことである。会話だと難しく
聞こえた文章も、書いてもらうと案外とアホみたいに簡単な文章であることが多いのだ。
そして、書いてもらった後、必ず相手に、もう一度そのセリフを普通のスピードで話しても
らうこと。既に何を言っているか知っているワケだからして、今度は間違いなく聞き取れる
ハズである。

これをいろんな人で試していく内に、相手の回答に、ある一定のパターンがあることに気
が付くと思う。そうなれば、もうメモを取らなくても「あ、この人はAパターンだ」とか、「この
人はCパターンのセリフだな」と言った分析ができるようになり、最終的には、100%聞き
取れるようになるのである。

次に大切なことは、必ず、その質問に対する自分の答えも用意しておくことである!(笑)
相手に質問をしているばかりでは、やはり会話とは言えない。相手は気遣いの意味を込
めて、時々「How about you? (あなたは?)」と、逆に質問してくることがあるのだ。そんな
時に、何も答えられずに黙り込んでしまったら、一気にシラけてしまう。だから、必ず自分
の意見も準備しておく必要があるのだ。

このようにして、質問の数を少しずつ増やし、さらに質問の内容も、最初は簡単な趣味の
話から始め、徐々に時事問題や個人哲学の分野にまで広げていけば、最終的には英語
がかなり流暢にしゃべれるようになっていると思う。

海外旅行に行った時、観光地を周るのも楽しいが、昼下がりのカフェでお茶を楽しんでい
る老夫妻に、明るく「Hello!」と声をかけ、質問大作戦を展開してみては如何であろうか?

P.S.   尚、自宅にいながら、わずか数十円で英会話がメキメキと上達する方法も、
     あるにはあるのだが、これについては、いろいろと事情があって、この場で
     ご紹介ができないので、興味のある方はメールでお問い合わせ下さい。(笑)



■平成17年5月11日  「ケツが痛い!」

ケツが痛い! ひじょーに痛い! 死ぬほど痛い! いきなり尾籠(びろう)な話題で恐縮
なのだが、マジでケツが痛いのである。サケツ(左臀部・・・・つまり左のケツ)が死ぬほど
痛いのだ。

ワタシは元来、外傷による痛みにはメッポウ強い方で、気の弱い人であれば、その場で
卒倒してしまうようなヒドイ傷を負っていても、「んなもん、舐めときゃ治るわい!」みたい
な感じで、まったく意に介さない。ところが、これが頭痛や腹痛など、体の内側の痛みに
なった途端、まるでイタイケな子供のように大袈裟に泣き喚き、しまいにゃ時世の句まで
読み始める始末である。

まぁ、そんなワタシが「死ぬほど痛い!」とシャウトしているケツ痛だから、話半分で聞い
て頂いてOKなのだが、とにかくワタシ的には、思わず妙な新興宗教に改宗しちゃおうか
と思うくらいの激しい痛みに襲われ、ここんとこ、眠れる日々を送っているのである。

で、結局この痛みの原因はナンなんじゃろか?と調査した結果、「Sciatica」であることが
判明した。と、ここで「ん? Sciatica? それってナニ?? ひょっとして不治の病???」
と思われた方々も大勢いらっしゃることであろう。  イヤ、別にそーゆー病気じゃなくて、
単に英語で書いた方が、ナンとなく劇的だし、同情してもらえるかなと思っただけで、特に
深い意味はない。(笑) 要は日本語で言う「坐骨神経痛」ってヤツである。

以前、病院でボランティア通訳をしていた時に、数回ほど「Sciatica(坐骨神経痛)」という
単語を使った記憶はあるが、もちろん私生活においては無縁の言葉であり、まさか自分
が、この単語と友情関係を結ぶことになろうとは、夢にも思っていなかった。そして実際、
自分がその苦しみを味わった時、今まで淡々と 「Sciatica」と通訳していたことに対して、
思わず「これまで自分は相手の精神的苦痛の部分を、どれだけ正確に訳せていたのだ
ろうか?」と、深く反省してしまった。

・・・・・・それにしても、やっぱ痛い。座っても痛い。寝てても痛い。歩くとメチャメチャ痛い。
同じ経験のある皆様、苦痛を和らげる良い方法って、何かありまへんかぁ????



■平成17年5月12日  「ケツが痛い! Vol.2」

今日も今日とて、サケツ(左側のケツ)の痛みがとれず、悶々とした時間を過ごしている。
どうせ苦痛に耐えなきゃいけないのなら、「坐骨神経痛」などという地味な病名ではなく、
もう少しカッチョイイ病名の方が、個人的には好みなのだが、我が病歴を振り返ってみる
と、「虫垂炎(いわゆる盲腸)」だの「便秘」だの、相撲文字で書いた方が似合いそうなモノ
ばかりである。

そもそも漢字の病名ってのは、みょーに野暮ったい気がする。例えば、もし人に「実はね、
オレ、坐骨神経痛が持病なんだよねぇ・・・・」などと言おうものなら、必ず「普段の生活が
悪いからだよ!」と、イタワリではなくイタブリの言葉を投げつけられてしまうことが多い。

一方、カタカナの病名は、「インフルエンザ」にしても「メニエール」にしても、何となく高級
ヨーロッパ家具のような雰囲気があり、人に話す時にも、「この前さ、ちょっとメニエールに
なってね〜ぇ♪」と、ちょっと自慢そうに言えるような気がするのだ。さらにインフルエンザ
に至っては、A型とかB型などがあるため、ますます高級感が漂ってくる。

もちろんカタカナの病名でもイケてない病名もある。 例えば「ヘルニア」は何となく東欧の
国名のような感じがして、紛争が絶えないような気がするし、「ポックリ病」にいたっては、
思わず「もっと他に言い方があったであろうに・・・・」と思ってしまう。

まぁ、メニエールだろうがヘルニアだろうが、実際に患っている方々からすれば、「そんな
アホなことを考えている余裕はないわい! 不謹慎だ!」と立腹されるかもしれないが、
ワタシの場合には、「笑食コーナー」のコンセプトと同じで、「まぁ、なっちまったもんは仕方
がないし、それなら何か楽しみの1つでも見つけて、笑ってゴマかすとするべーかぁ♪」と
いう発想なのである。皆さん、この方が健康的だと思いまへんか?(笑)



■平成17年5月13日  「なってしまったモンは・・・・」

えーと、まずは自慢的お知らせから。(笑)  実は今、TOP画面の大改装に向けて、着々
と工事が進行している。無論、ダン隊長によるデザインなのだが、これがまた、これまで
以上にステキな画面なのである。(自慢! <(* ̄00 ̄ )> ←鼻の穴が膨らんでる)

ナイフラにおけるワタシとダン隊長の関係ってのは、言ってみりゃ、「のび太とドラえもん」
の関係と同じだと思って頂いて差し支えない。 ワタシが「ね〜ぇ、ダンたいちょ〜、ボク、
TOP画面に、こーんな装置を入れて欲しいんだ〜ぁ♪」と云えば、「も〜う、キミはいつも
人を頼ってばかりなんだからぁ・・・・仕方ない、あれを使うか・・・・パパラパッパパ〜〜♪
TOP画面製造マシーン♪」ってな感じで、いつもワタシのワガママを叶えてくれるのだ。
スゴイでしょ?(自慢!Vol.2 <(* ̄00 ̄ )> ←鼻の穴が膨らんでる)

しかし、いつも思うのは、自分は本当に恵まれているなぁ〜ということである。ダン隊長や
チョコリスト女史と云った優秀なスタッフ、それから、徒然のネタに困ったとき、いつも爆笑
ネタを提供してくれるパチ夫妻(もっとも、本人達は別に提供する意思はないのだが・・・)
そして何より、毎回いろんな写真ネタを送って頂いている全国のナイフラ・ファンの皆様、
これらの人々のおかげで、ナイフラは成り立っている。 あっ、別に「だから早くネタ写真を
送れ!」って云ってるワケじゃありまへんで。(少しは思ってるが・・・笑)

ワタシ自身、飛行機を利用した際、「ネタをGETせねばぁ!」という強い意思の下、いつも
食べるのも忘れてバシバシと撮影をしてはいるが、ある意味、本当に気力を必要とする
作業である。それが身にしみて分かっているだけに、全国から送られてきた写真を見る
につけ、食事や面白い光景を見た瞬間、皆さんが「ナイフラに投稿しよう!」と思って下さ
っていることに対して、本当に感謝せずにはいられない。

・・・・・と、本来であれば、このまま「感謝の話」で今日の徒然を終えたいところなのだが、
それだと「オイオイ、ついにケツ痛で死期が迫ってきたんとちゃうか?」と邪推されてしま
う可能性があるので、ちょいと他の話題をば。(笑)

いつも天空や笑食・笑街のコーナーにご協力を頂いている、Sさんから、毎日新聞の記事
が送られてきた。

   *****************************************************************
      
         <資生堂>HPに「薄毛は子孫も迷惑」 抗議殺到、おわび

    大手化粧品メーカーの資生堂(本社・東京)が先月ホームページに掲載した
    意識調査で、「薄毛は子孫も迷惑です」などと記載したことに対して、130件
    以上の抗議が寄せられていることがわかった。

    問題となったのは「薄毛レポート」というコーナー。同社によると、新しい発毛
    促進剤「薬用アデノゲン」の発売に向けて、昨年12月に30〜59歳の男性
    1550人にネット上で意識調査をした。

    「あなたの親族の中に薄毛はいますか?」の質問については、父親(55%)、
    母方の祖父(28%)、父方の祖父(23%)のグラフとともに、「薄毛はあなた
    一人の問題ではありません。子孫も迷惑です」とのタイトルを掲載した。
 
    薄毛の悩みの有無を役職別にまとめた頁のタイトルは、「薄毛の人は部長
    止まり?」。 薄毛に悩んでいないのは、役員で81%なのに対し、一般社員
    (76%)、派遣社員(74%)との調査結果を根拠に、「部長、課長、係長に
    薄毛の悩みが多いのに対し……偉くなるのは薄毛ではない人のようです」
    と説明した。

    同社には「好きで薄毛なわけでない」「薄毛で子孫に迷惑とは、どういう意味
    か」などの抗議が電話やメールで寄せられたため、1週間後にページを削除。
    商品紹介のページで「大変不愉快な思いをさせてしまった」とおわびした。
    しかし、抗議は続き、同社は6日、ホームページの表紙に、おわびの文章を
    掲載した。同社広報部は「今後このようなことがないよう、社内チェック体制
    と倫理意識向上を徹底します」と話している。 
                                         毎日新聞より抜粋  

   *****************************************************************

・・・・・・・・・ワタシとて、「笑っちゃイカン!」ってことくらいは十分に承知している。 しかし、
本能を押さえることができず、思わず大爆笑してしまった。特にクレームの中の「好きで
薄毛になったわけではない」という部分が、ワタシの笑いの琴線に思いっきり触れてしま
った。(笑)  まぁ、「企業イメージ」ってのを考えりゃ、確かにHPとは云え、こんなこと記事
にするのはマズイと思うが、書いている内容は、至って正しいんじゃないかと思うワケで
ある。

例えば、「薄毛は子孫も迷惑です」という挑戦的なフレーズだが、一般的に「ハゲ」に憧れ
ている男性ってのはいない。今は悟りを開いている人でも、「ハゲ始め」にはそれなりに
悩んでいたハズである。従ってそのような遺伝は子孫にも、多少なりとも迷惑をかけると
言う意見は、別に間違えてはいない。そもそも「薄毛で子孫に迷惑とは、どういう意味か」
と抗議している時点で、やっぱり「ハゲで悩んでいる」ということだし、それよりも何よりも、
わざわざ資生堂のHPにアクセスして、「薄毛レポート」というコーナーを見てるってことは、
誰よりも自分自身が「ハゲは問題である」と思っている証拠であろう。

実際、「ハゲ」に対して何のコンプレックスも抱いていない人ってのは、こんな調査結果を
見ても、絶対に怒らないだろうし、ましてやわざわざ電話やメールで抗議なんかしないと
思う。

あっ、一応、断っておくが、ワタシは「ハゲ」に対してなーんの偏見もないし、ましてやバカ
にしてやろうという発想などカケラもない。 第一、ワタシ自身が、最近、進行性の薄毛に
おかされている状況なのである。ただ、昨日の徒然にも書いたように、なってしまったモン
は仕方がない。だったら、この際その状況の中に、密かな楽しみを見つけた方が健康的
だと思うワケである。

以前、友人で若白髪のヤツがいたのだが、彼はいつも、「若白髪? ちゃうちゃう。これは
ホワイトのメッシュを入れてるんやんけ!」と笑顔で云っていたし、パチKも以前は「ハゲ」
という単語に対して、妙にナーバスだったのだが、スッカリ髪の毛が消え去ってしまった
今は、悟りを開いてしまい、逆にハゲを自分の「チャーム・ポイント」だと思っている始末で
ある。(パチKのハゲに関しては、「パチK&パチ嫁大全集」を参照のこと)

人間、自分の身に何か問題が発生した時、そこからヤケを起してイジけるのか、それとも
逆にそれをチャンスと見て利用するのか、すべては「なってしまったモンは・・・・・」という
「良い居直り精神」があるかないかによると思う。ワタシはやっぱ後者の人生を選びたい
ので、今後も良い意味での居直りを続けるつもりである。



■平成17年5月14日  「師とは何か?」

生まれた瞬間の人間の頭の中ってのは、まさに基本OS(本能)以外には、何も入ってい
ない状態である。 それが、使用(生活)している間に少しずつ情報が保存され、いつの
間にか頭の中のマイ・ドキュメントには無数のフォルダとファイルが蓄積され、常にその
保存されたファイルを参照にしながら生きている。
 
ファイルを保存した際には、必ず保存した日時も一緒に記録される。つまり、保存された
情報には、必ず保存された瞬間があるということであり、これを人間に置き換えて考える
なら、人間の頭の中に記憶されている様々な情報も、それを覚えた瞬間があり、さらには
そこには必ず「ニュースソース(情報発信源)」が存在している。 そしてニュース・ソースの
中でも、自己の形成に強い影響を与え、尚且つそれが良い方向に結びついた時、我々は
それを「師」と呼ぶことがある。
 
「師」というと、何となく人間、しかも年配の男性をイメージしてしまうが、師とは何も人間
だけに限ったことではない。例えば、自然の中の小さな草花の1つが師になりうることも
あるだろうし、昇りゆく太陽の場合もある。 また人工物が師になることだってあるだろう。
これは古今東西の哲学者や宗教者たちが「悟り」を開いた瞬間のことを考えれば、容易
に理解できる。
 
以前、この徒然で書いたことがあるかもしれないが、実はワタシは「華道」ってのに対し、
かなり否定的な意見を持っている。華道を習っている人々に「あなたは草花が好きです
か?」と問えば、恐らく大半の人間が「はい」と答え、そして免状を取得した人間は、教え
てくれた人のことを「師」として仰いでいると思う。  

しかし、ワタシにはどうしても彼らが本当に草花を愛しているようには思えないのである。
自然の中で生きるべき草花を、人工的な環境で勝手に栽培し、そして出荷された草花を
買ってきて、そして人工の容器に生けて「これが美である!」なんて、どう考えても人間の
エゴイズムである。

仮にそれが自然に咲いている状態より美しかったとしても、草花は人間のために咲いて
いるのではない。 人が生きていく上で必要不可欠な殺生ですら、「原罪」とか「業(ごう)」
と言われているのに、芸術の名の下に、さらなる殺生を加えるに至っては、大罪である。
さらに、その草花から何かを学び、「師」と仰ぐのならまだしも、それを教えた人間のこと
を「師」と仰ぐに至っては、「オイオイ、そらちゃうやろ?」と思ってしまうワケである。

もちろん、ワタシは「芸術」というものを否定する気持ちはサラサラない。 むしろ、芸術家
の独創性は、人類の貴重な財産だと思っている。 だが自然から何も学ばず、「○○流」
だの「お免状」だの、それら俗世間的なものに対して価値観を見出し、そのシステム上に
君臨する人間を「師」と呼んでいることに対して、妙な違和感を感じるのである。

それに比べれば、同じ芸術でもペーパーフラワーを作っている人の方が、遥かに草花を
愛し、そして自然に対しても「敬意」を払っているように思う。ペーパーフラワーの世界は、
最初から「負け勝負」である。なぜなら、いくら似せて作っても、絶対に本物を超えること
はできないからである。 しかし、彼らは少しでも本物に近づけるよう努力をしているワケ
である。つまり本物だけが持つ「自然の美」というものを、忠実に再現しようとしているの
であり、敢えて言うならば自然そのものが「師」なのである。

・・・・・・・・と、サケツの激しい痛みに耐えながら、朝っぱらから、みょーに哲学的なことを
考えている今日のワタシであったとさ。チャン、チャン♪(笑)



■平成17年5月16日  「お勉強タイ〜ム!(憲法編)」

最近、弱い頭を振り絞って、国内外の法律関係の書籍を読み漁っている。で、一体、何を
調べているかと言うと、実は「政教分離 (Politico Religious Separation)」 についてである。
この言葉の漠然とした意味であれば、「まぁ、なんだよ、ホレ、政治と宗教ってのを、一緒
にしちゃいかんってことだな。」ってな感じで、誰でも知っているとは思う。 しかし、詳しい
内容については、まったく知らないのではないだろうか?

正直に告白すると、実はワタシも何となく知っているつもりではあったのだが、詳しく説明
してろと言われると、急に弁舌に勢いがなくなり、終いにゃ〜沈黙したりなんかしてしまう
状況だったのである。そこで、ここは一発、ちゃんと勉強してみるべーかってことで、法律
関係の書物や資料を収集し、いろいろと研究し始めたというワケである。

さてさて、日本のTVニュースや新聞で「政教分離」って言葉が出てくるのは、その大半が
皆さん、ご承知のように「靖国参拝」関連である。内閣総理大臣を筆頭に、現役の閣僚が
靖国神社を参拝することは、憲法で定められた政教分離の法則に反するってワケだ。

んじゃ、この「憲法で定められた政教分離の法則」ってのは、一体ナンなのか?ってこと
で、さっそく日本国憲法を読み直してみたところ、どうやら次の3つが政治と宗教の関係
について定めた法律のようである。

   *****************************************************************

           第二十条 「信教の自由、国の宗教活動の禁止」
          1  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
             いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は
             政治上の権力を行使してはならない。

          3  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる
             宗教的活動もしてはならない。

            第八十九条 「公の財産の支出利用の制限」
              公金その他の公の財産は、宗教上の組織もしくは
              団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の
              支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に
              対し、これを支出し、又はその利用に供してはなら
              ない。

   *****************************************************************

「靖国参拝問題」の場合、別に靖国神社が国から特権を受けているワケではないだろう
し、お賽銭も各閣僚が自腹を切っている限り、特に問題はないと思われる。従って憲法
第20条1項と第89条はクリアしているが、第20条3項の後半部分、「宗教的活動」の
部分に反しているんじゃないかという疑いがあり、それでモメているわけである。

まぁ、法律の専門家や裁判所などで、その解釈を巡っていろいろ議論をしている問題に、
ワタシのようなド素人が見解を発表するのも気が引けるが、この徒然に関してはいわば
ワタシにとってのサンクチュアリだし、気にせず私見を述べさせて頂くことにしよう。(笑)

宗教的活動・・・・・・・まずこの言葉の定義をしなければ、それに違反しているかどうかの
判断できない。そこで、毎度お馴染みの「大辞泉(小学館)」を書棚から取り出して調べて
みたところ、「宗教的活動」という言葉は見当たらなかったが、代わりに「宗教活動」という
言葉の説明がなされていた。

       宗教活動・・・・・宗教的理念・動機に基づく活動。布教・伝道や
                 宗教的な意味を帯びる社会福祉活動など。

ついでに、「〜的」という言葉も調べてみると・・・・・

       的・・・・・・・・・・・名詞について、形容動詞の語幹をつくる。
                 1.そのような性質をもったもの
                 2.「それについての」、「その方面に関わる」
                 3.「そのようなようす「、「それらしい」

これらを総合的に考えれば、「宗教的」という言葉は、100%宗教に染まっている必要は
なく、「宗教っぽい」という意味でもOKということになる。この時点では、靖国参拝は十分
に「宗教っぽい」ということは間違いないワケであって、こりゃ憲法違反かな?と思ったり
なんかするワケである。

しかし、次に「活動」という言葉を調べてみると、「活発に動いたり、働いたりすること。」と
説明してあった。 中年オヤジが、年に1回、自宅の周辺をジョギングする姿を見て「あの
オヤジは、活発にジョギングをしている」とは云わないのと同じように、閣僚による年1回
の靖国参拝が、果たして「活発に動いていること」になるかというと、どー考えても「No」と
云わざるを得ない。

結局、現時点でのワタシの見解をまとめると、靖国参拝は確かに「宗教的」ではあるが、
「活動」とまでは言えず、必要条件は満たしているが、十分条件は満たしていないので、
違法ではない・・・・ということになる。(あくまでも、私見よ、シケン!)

「なんか、屁理屈の世界だなぁ・・・・・」と思われるかもしれないが、そもそも憲法解釈って
のは、まさに重箱の隅をつつくような作業なのである。イヤ、マジで。もちろん、ワタシの
研究はまだ始ったばかりだし、勉強不足・認識不足の点は多々あると思う。 てなことで、
もし「政教分離」に関して、参考資料になりそうなサイト等をご存知の方は、ぜひナイフラ
までご連絡下さいませ。



■平成17年5月17日  「英雄って?」

「英雄」って言葉がある。もちろん村田英雄センセイのことではなく、いわゆる英語で言う
ところの「ヒーロー(hero)」のことである。

皆さんは「英雄」というと、誰をイメージするであろうか? まぁ、今の子供であれば、さし
ずめ、イチローとか松井なんかが「英雄」ってことになるんだろうが、どうもいまいちピンと
来ない。彼らは確かに「ヒーロー」ではあるが、「英雄」というイメージではない。

こりゃワタシだけの感性なのかもしれないが、「英雄」と「ヒーロー」は別物のような気がす
るのだ。いや、別に両者に厳密な定義があるワケじゃないし、どーでもエエといえば、どう
でもエエことなのだが・・・・・。

で、なんでイキナリ「英雄」の話が出てきたかというと、日本語がペラペラの某外人さんと
話をしていたら、突然「日本人にとって、英雄と言えば、誰を思い浮かべますか?」と質問
され、咄嗟に答えることができなかったのである。もちろん個人的には、愛する人を守る
ため、そして日本の未来のため、若くして散っていった特攻隊員などは、まさに「英雄」と
呼ぶのに相応しい人々だと思うが、「日本人にとって」と言われると、いささか自信がなく
なってくる。

しかし、ちょいと意地悪な言い方をすると、「国民的英雄」が存在する国ってのは、過去に
不幸な時代があった国が多いワケであり、パッっと英雄が思い浮かばない日本ってのは
それだけ「幸せだった」ということかもしれない。



■平成17年5月18日  「日韓翻訳掲示板(総括)」

3月末から5月初旬にかけ、もうハマりにハマっていた「日韓翻訳掲示板」だが、ようやく
ここに来て「マイ・ブーム」が去りつつある。しかし、約1ヵ月半に渡るウォッチングで、日韓
の間に横たわる問題の「本質」が何なのか、それが、「おぼろげ」ではあるが、理解できた
ような気がする。

教育は大切である・・・・・・こんなことは誰でも理解していることだが、その教育が政治家
(政府)の策略と結びついた時、子供たちの未来にどのような悪影響を及ぼすか、それが
如実に現れているのが、南北コリアおよび中国の現状である。

誤解のないように先に云っておくが、ワタシは何度も韓国を訪問したことがあるし、数多く
の韓国人の友人がいる。そして個人的な付き合いの中では、彼らは非常に「親日的」で
あり、ワタシは不快な体験をしたことは一度もない。また思考において日本人との「差」を
感じたことも特にはない。

しかし、これが「集団」となると話はコロッと変わってしまう。一気に「反日戦士」へと変貌
してしまうのである。 その典型的な例が、いわゆる「日韓翻訳掲示板」であり、閉鎖的な
空間に集う人間の「特殊性」を割り引いたとしても、彼らが相対的に持っている反日感情
の凄まじさを感じずにはいられなかった。

そしてここからが問題なのだが、その反日感情の根拠とも云える、いわゆる「歴史問題」
に対する基本的知識が欠落している人々が多いのである。日本人の場合、基礎知識が
ない人々が積極的に意見を述べることは少ない。ところが、彼らは「思い込み」だけでも
思いっきり声を上げて発言をする。「歴史的事実」には、あまり興味がないようなのだ。

例えば、大東亜戦争の最中、日本政府が政策として押し進めたものの中に「創氏改名」
というのがある。 日本でも大半の方々が「朝鮮の人々を日本人化(皇民化)するために、
無理やり日本式の名前に変えさせた」と思っているし、またそのように学校でも習ったと
思う。 しかし、これなど事実を捻じ曲げた典型的な誤解の1つである。

創氏改名・・・・・漢字を見ればお解かりかと思うが、前半の「創氏」という箇所を、完全に
誤解されている方が多い。当時、朝鮮では「氏(つまり苗字)」というのが存在しなかった。
「え? でも金とか張という苗字があったのでは?」と思う方がいらっしゃるかもしれない。
しかし、それは一族の名称であって個々の家族の苗字ではない。 敢えて例えるならば、
「セリーグの中の読売ジャイアンツの高橋選手」というのが日本式で、当時の朝鮮文化
では、「読売ジャイアンツ」という名称が存在せず、単に「セリーグの高橋選手」となって
いたのである。

「別にそれでも構わないではないか?」と思うかもしれないが、1つ重大な問題があった
のである。それは女性の地位である。現在でもそうだが、韓国の女性は結婚後も苗字が
変わらない。これは日本でブームとなった「夫婦別性」とは、まったく意味が異なる。

当時の朝鮮では、「男尊女卑」などという生易しいものではなく、もはや女性は「奴隷」に
近い存在であった。その象徴が婚姻後に名前である。 妻となる人は、結婚しても、夫の
一族として認知してもらえなかった。単に跡継ぎを生むための存在であり、あくまで自分
が生まれた一族の名前を、結婚後も名乗らされたのである。

日本はこの非民主的な風習を是正すべく、一族の名称ではなく、個々の家族の苗字を作
るように指導したのである。従って創氏改名とは、「金」と名乗っていた人を、本人の意思
に反して、無理やり「金本」という名前に変えることを意味するわけではなく、別に「金」の
ままで、「これが私の家族の苗字(いわゆるFamily Name)です」と届けても、まったく問題
なく受理された。

従って、「強制的に名前を日本式に変えさされた」というのは、完全に歪曲であり、正しく
は、「個々の家族の苗字を本人達の意思によって決めてもらい、それを役所に届け出る
ように定めた」というのが正解である。

無論、この過程で「日本式の名前の方が、何かと有利である!」と考えた人々も存在し、
彼らは完全に日本式の名前に変えた。実際、日本式の名前の方が、日韓併合の時代で
は、生きていく上で有利であったのも事実であり、これを指して「無言の強制」であると云
う事もできるかもしれない。しかし、だからといって「日本政府が組織的かつ強制的に」と
解釈するのは、やはり無理がある。

私は別に無理やり当時の日本政府の政策を正当化しているわけではない。事実を述べ
たまでである。さらに、その解釈に関しては、現代の価値基準で判断するほど愚かな事
はない。あくまでも、当時の情勢や価値基準で判断すべきことである。

議論は「お互いが客観的な事実を見ながら行なう」というのが、最低条件である。つまり
同じ土俵でなければ、議論などは成立しないのである。 ところが、この「客観的事実」と
云うものが、政府の政治的意図により、マスメディアによって著しく歪められているのが、
韓国の現状だと云える。

韓国マスメディアによる事実の歪曲・・・・・・これが決して誇張ではなく、現実問題である
ことの証拠として、先日、「新しい歴史教科書を作る会」が外国人記者クラブで記者会見
を行なった際の様子を伝える韓国の有力紙・「中央日報」の記事と、実際の記者会見の
映像を見比べて頂きたい。私の意見が、決して単なる杞憂でないことが、容易にお解か
り頂けると思う。


   *****************************************************************
  ●中央日報(2005-05-12)の記事

   日本の '新しい歴史教科書を作る集まり(新しい歴史を作る集まり)'が日本
   駐在外信記者たちに酷い目に会った. '新しい歴史を作る集まり'は日帝侵略
   を美化.歪曲した中学校歴史教科書を作って波紋を投げかけた団体だ.

   新しい歴史を作る集まり会長団は10日午後東京の外国特派員協会で外信
   記者120余人が集まった中に記者会見をした. 参加記者は西洋報道人が
   大部分だったし日本言論関係者も一部いた. 韓国.中国記者は 10余人に
   過ぎなかった.

   この日新しい歴史を作る集まりが普段しなかった外信記者会見を自ら要望
   した理由は "私たちが攻撃されることは誤った韓国.中国の世論のため"と
   強弁するためだ.   この日新しい歴史を作る集まりは自分たちの教科書で
   近現代史部分 64ページを英文翻訳していちいち配布するなど気を使った.

    しかし彼らの期待は余地もなく崩れた. 一アメリカ人記者がフジオカノ−ブ
    が、藤岡信勝 新しい歴史を作る集まり副会長が書いたコラムを持って来て
    "日本が前提国家体制だった事があった. これは明らかな事実なのにどうし
    てそれを認めないようとするのか. 私はあなたたちを全然理解することが
    できない"としんらつに批判した.

    ここにフジオカ副会長が "私もあなたのように思った時期があったが今は
    考えが変わった"と狭苦しい言い訳を列べた. するとそのアメリカ人記者は
     "あなたは全然私の質問に答えることができない"と言い放った.

    引き続きイギリス人記者が出た. "あなたたち言葉通りそんなに立派な教科
    書なら教育委員たちと学父兄たちがこの教科書を先を争って採択するはず
    だがこの前にはどうして採択率が 0%に近かったと思うのか"と皮肉った.
    すると惹起ヒデスで(八木秀次) 会長は "日本教育界がマルクス信奉者たち
    で取り囲まれているから"と答えて記者たちの失笑を催すようにした.

    この日記者会見は新しい歴史を作る集まりの '歴史歪曲' 試みが当事者で
    ある韓国.中国はもちろん国際社会から '一人ぼっち'あっていることを立証
    する席だった.

  ●実際の記者会見の様子
    http://www.videonews.com/asx/fccj/051005_tsukurukai_300.asx (約40分)


   *****************************************************************

ビデオを見る時間のない方々のために書いておくと、中央日報の記事は大半が大嘘で
ある。これは映像を見れば一目瞭然である。しかし、掲示板に集う韓国の若者は、この
新聞記事を何の疑いもなく信じ、そして日本人が示した実際の記者会見の様子を撮影
したビデオを、逆に「捏造ビデオだ!」と非難した。

5月4日付の徒然で、「多くの人は見たいと思う現実しか見ていない」という、シーザーの
有名な言葉を引用した。日韓に横たわる問題を解決するには、まだまだ時間がかかりそ
うである・・・・・・。



■平成17年5月19日  「子供の発想」

徒然を書き始めてから、既に2年半が経過したが、実はこれまで1度も書いたことがない
話題がある。それは、自分の子供についてである。別に意識して避けてきたワケではな
いが、まぁ、ウチのガキの話なんざ聞いても、面白くないだろうと思っていた次第である。

我家には10歳の長男を筆頭に、7歳の長女、そして5歳の次男、計3人の子供がいる。
でもって、実は今日5月19日は次男坊・・・・そう、パチKのことを、「よう、パチ!」と呼び
捨てにしてしまう、史上最強の次男坊の5回目の誕生日なのだ。

まぁ、一般的に「末っ子は特にカワイイ」なんてことを言うが、これは非常に的を射た意見
であり、ワタシも次男坊を溺愛してたりなんかする。これは単に「末っ子だから♪」という
理由だけではない。実は次男坊ってのが、顔も性格もワタシにソックリなのである!(笑)
そのせいか、パチ嫁からは「この子を見てたら、なんか無性に腹が立ってくる!」と、言わ
れなき非難を浴びたりなんかしている。

次男坊はワタシのことを「とーちゃん」と呼んでいる。これを聞いた周囲の人々は、かなり
驚くことがある。 というのも、ワタシはちょっと欧米人的な顔をしているせいか、雰囲気的
に「パパ」って感じがするため、そのギャップに驚いてしまうそうなのだ。 ところが、ワタシ
の性格を知っている人からすれば、逆に「パパ」と呼ぶにはかなり無理があり、どう考えて
も「オヤジ!」という雰囲気らしい。

その昔は、大の子供嫌いだったワタシだが、今じゃすっかり「子供大好きオヤジ」に変身
してしまっている。 別にウチの子供に限らず、とにかく子供たちの好奇心でキラキラ輝く
目を見るのが大好きなのだ。 それに、時々、子供は大人が考えもしないような、大胆な
意見を述べることがあり、思わず笑ってしまうことがある。

先日、長男に日本の教科書を使って、奈良時代のことについて教えていた。そして大仏
建立のところで、長男に「どうして聖武天皇は、大仏を作ったと思う?」と質問してみた。
ただ単に年号を覚えるのではなく、物事に対して常に「Why?」という疑問を持ち、そして
自分なりの答えを出すことが、最も大切なことだとワタシは思っているので、長男に質問
をしてみたのである。

長男は必死で考えた。5分が経過したところで、彼は「わかんない・・・・」と答えた。そこで
ワタシは「自分が聖武天皇になったつもりで、どうして大仏を作ったのか考えてごらん」と
アドバイスした。そしてさらに5分後、彼は自信タップリにこう答えた・・・・・・・。

                       「念のため!」

子供の自由な発想は素晴しい!・・・と思わなければ、やっぱやってられないようだ。(笑)



■平成17年5月20 日  「forcing の罠」
   
恐らく、今10〜20代の方はご存じないと思うが、80年代の終わり頃まで、「イギリス」って
ところは、それほど治安の良い国ではなかった。街中で頻繁に爆破テロが発生していた
し、それに加えて若者の荒廃ぶりってのが凄まじく、暴力・強盗・強姦などは日常茶飯事
で、まさに「紳士の国はどこへ?」と言った感じであった。

ところが1988年、時の首相であったサッチャーさんが、イギリスの教育法を抜本的に改革
した結果、もう見事なくらい若者の意識が変わりつつあるのだ。

んじゃ、一体にそれまでの教育法とどこが違うのかというと、それまでのイギリスの学校
教育ってのは、日本のように文部科学省が定めた「学習指導要領」ってのがなく、言って
みりゃ、各学校の各教師に、すべてカリキュラムが一任されていたのである。そのために
先生によっては、子供たちが興味を示す恐竜時代の話ばかりしたり、また他の先生だと
中世ヨーロッパ史ばかりやるなど、てんでバラバラのことをやっていたのである。

さらに問題なのは、いわゆる80年代まで使われていたイギリスの歴史教科書ってのが、
いわゆる「超自虐的」なシロモノで、イギリスが行ってきた植民地政策の酷さだけを、絵
や写真を使って子供たちに教え続けていた。要するに、イギリスの負の財産だけを教え、
イギリスの誇るべき歴史は、一切教科書に載っていなかったのである。

もちろん、「だから若者が荒れていた!」などという単純な結論を出そうとは思わないが、
しかし、少なからぬ影響を与えていたことは間違いない。(別に他意はないが、イギリス
は戦勝国ではあったが、戦後は労働党政権がたびたび登場し、社会主義政策が推進さ
れてきた結果、労働組合の力が非常に強くなり、各分野に多大な影響を及ぼしている。)

サッチャーさんは、これらの自虐教科書による偏向教育を改め、イギリスのプラスの歴史
にも目を向けた、いわゆる「バランスの取れた教育」を、国の指導で推進していくよう改革
をしたわけである。無論、最初は猛烈な反対運動が巻き起こったが、強いリーダーシップ
を発揮して、1988年に「教育改革法」を制定した。(実際に、その効果が目に見える形で
現れ始めたのは、今世紀に入ってからである)

ここで日本の教育に目を向けてみると、客観的に見れば、日本の歴史教科書は、かなり
自虐的で偏向していると言わざるを得ない。恐らく、皆さんの中には、「え? そうかな?
具体的にはどこが?」と思われる方がいらっしゃるかもしれない。しかし、当たり前の話だ
が、ハッキリと目に見える形での露骨な偏向があれば、それこそ教科書検定でハネられ
るわけであって、怖いのは「目に見えない形」での偏向である。

例えば、我々の中で「戦犯」の定義を、正確に答えられる人が何人いるであろうか???
恐らく大半の人々が、「え? 戦争を仕掛けた人のことじゃないの?」とか、中には「そら
戦争で人を殺した人のことだろう」と答える人もいる。

非常に冷たい言い方になってしまうが、事実として書くならば、戦争は「違法」ではない。
さらに戦争において相手の兵士を殺すことも、「合法」である。これは国際法でも明確に
認められている。(正確には、諸条約を含む戦時国際法) 従って、国際法で定められた
戦争のルールに違反した人のことを「戦犯」と呼ぶのであって、戦争を仕掛けたり、また
戦争で人を殺した人が戦犯ではない。第一それらのケースも「戦犯」となるのであれば、
ブッシュ大統領は、とっくの昔に、フセイン元大統領と共に、法廷の場に立たされている
ことであろう。

このように、知らず知らずの内に、間違えた意味を覚えるように、意図的に仕組むことを、
「forcing 」と言う。敢えて訳すとするならば「無意識の強制」という意味だ。forcingという
のは、実に恐ろしい。例えば、下の写真をジックリと見て欲しい。


                  
                  裏通りに捨てられ泣いていたところを、市職員
                  に保護されて、落ち着きを取り戻した赤ちゃん。
                  もちろん、この子は自分が親に捨てられたこと
                  をまだ知らない。       ( in ベトナム )


どうであろうか? 恐らくほとんどの人が、この赤ちゃんのつぶらな瞳を見ながら、悲しい
気持ちになってきたと思う。 しかしそれは写真を見たからではない。写真の下の説明文
を読んでしまったからではないだろうか? 実はこの写真、見覚えのある方もいらっしゃ
ると思うが、平成15年12月2日付の徒然の中で使用した写真の1枚である。そして写真
の説明文は、次のように書いていた。


                  
                          優しい笑顔の母と娘


場所もベトナムではなくバンコクで、散歩の途中に出会ったステキな親子の、ホノボノとし
た写真なのであり、最初に書いた説明文は真っ赤なウソだったというワケなのだ。しかし
説明文を変えるだけで、この写真は本来の意味とかけ離れた、物悲しいイメージを人々
に与えることになる。つまり、「客観的」であるはずの写真が、とても主観的なものになり
うることもあるのだ。この場合のウソの説明文も、また「forcing」の1つである。

「自虐的=反省」ではない。また歴史教科書の中で「反省」を「forcing(強制)」するべきで
はない。教科書はあくまでもプラスとマイナスの両面の事実を客観的に書けば良いだけ
であり、その後それをどう思うかは個人個人が判断すべきことであり、ましてや外国政府
が関与すべき問題ではない。

P.S.  最近のワタシ、みょーに熱いよなぁ・・・・・・。(笑)



■平成17年5月22 日  「定義論」

皆さん、「山」ってのはナンですかぁ?・・・・・いや、別にアホの子になったワケではない。
普段、なーんも意識せずずに、「山」という単語を使っている。だが、「山とは何ぞい?」と
いう基本的な質問、つまり「山の定義」ってのを正確に答えられる人って、ほとんどいない
んじゃないかと思うワケである。

国土地理院によると、「山とは地表面が高く大きく盛り上がったものと考え、眺めた感じで
一つの山の範囲を定める」と云うことらしい。何だか「定義」と呼ぶには、あまりにアバウト
な感じがしないでもないが、とりあえず、山ってのはそーゆーもんらしい。

これが英語になると、もう少し厳密な定義がなされている。Mountain とは、同じ地表面の
盛り上がりでも標高が1,000ft(約300m)以上のものを指し、イメージ的には、表面が岩で
ゴツゴツとして人間が住んでいない地域を意味する場合が多い。 んじゃ、1,000ft以下の
山は何て言うかというと、「hill(丘)」と呼んでいる。 「hill」だと、表面が滑らかで人間が住
んでいるイメージがあるそうな。 従って、日本昔話を翻訳する場合、「昔むかし、おじい
さんとおばあさんが山に住んでいました」という日本語は、「used to live on the mountain」
ではなく、「used to live on the hill」としなければならないのだ。

参考までに、日本の山の定義は、先ほど書いたように「地表面が高く大きく盛り上がった
もの」って具合に数字的な基準がないため、「ここ、他のとこより盛り上がってるやんけ!」
と言い張れば、山になったりしてしまう。だからこそ、天保山(大阪)なんてのは、標高が
わずか4.53mであるにもかかわらず、現在、ギネスブックに記録されている、世界一低い
山なのである。 でもって、これは実に「大阪人的アイデア」ではあるが、「天保山山岳会」
ってのがあり、同会では、天保山の登頂に成功された方には、「登山証明書」を発行して
くれるのである!(笑)


              


さてさて、山の定義の話ってのが、今日の話のメイン・テーマではない。同じ定義の話で
はあるが、今日は「島」と「岩」の定義について考えてみようって魂胆なのである。

既に皆さん、各種報道でご存知かと思うが、東京から南へ約1,700kmほどの海上にある
「沖ノ鳥島」ってのが、今や新たなる日中問題のHOTな話題になっている。なぜ、この島
がHOTなのかというと、この島があるおかげで、日本の漁場(排他的経済水域)がグーン
と太平洋上に広がっているのである。

この島を巡る歴史としては、1931年に7月6日に日本領に編入されて以来、国際連合に
「沖ノ鳥島」の周囲に排他的経済水域を設定することを届け出て、国際社会から「島」と
認められ、元々、サンゴ礁の上の極小の島(当時は直径約2.6mで、現在は数十cm)で
あったため、政府は波の浸食による島の滅亡を防ぐため、1988年から島の護岸工事を
進め、島を守ってきたワケである。

ところが、ここに来て、中国がお家芸であるところの「イチャモン」をつけてきたのである。
どんなイチャモンかというと、「ありゃ島じゃない。岩だ! だから排他的経済水域の設定
はできない!」ってな具合である。

果たして、直径数十cmの物体が、「島」なのか「岩」なのか・・・・・ここで重要になるのが、
「島」と「岩」の定義である。まずはお得意の広辞苑で調べてみると、次のような説明が
なされていた。

    島・・・・・・四方を水で囲まれた比較的狭い陸地。海を隔てている本土より
          狭い陸地、また河や湖の中にある狭い陸地。
          ※陸地・・・・地球の表面で、水におおわれていない部分

    岩・・・・・・地殻を構成するかたい物質。岩石。岩体。石の大きいもの

ご覧になればお解かりのように、実はここでも「山の定義」の時と同じで、数字的な基準
はなされていないのである。しかし、これは日本の辞書であって、海外でも同じとは限ら
ない。従って、国際基準に照らし合わせるべく、「国連海洋法条約」ってのを調べてみた。
すると第121条の解釈を巡って、日本と中国の意見が対立していることが判明した。

   *****************************************************************

     第121条 島の制度

     1  島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時に
        おいても水面上にあるものをいう。

     2  3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域
        及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って
        決定される。

     3  人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、
        排他的経済水域又は大陸棚を有しない。

   *****************************************************************

もちろん、日本は第121条の1を基準に、沖ノ鳥島は「島」であると主張している。一方で
中国の方は、3を基準にして、沖ノ鳥島は岩であると主張している。 

で、ここでワタシの見解を述べさせてもらうと、3をよく読めばお解かりのように、「人間の
居住又は独自の経済的生活を維持することのできないは」と書いてあるのであって、
「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできないは」とは、どこにも書
いていない。沖ノ鳥島は、第121条の1で、既に「岩」ではなく「島」であると定義されてい
るわけであり、従って3の内容は、島である沖ノ鳥島には一切関係がない条文である。

ここで、解りやすく樹形図にまとめると、次のようになる。

  

まぁ、実際のところは、ワタシが検証したのは国連海洋法条約の日本語訳だけであって、
まだ英語版の方は見たことがないので、もちろん断定はできないが、日本語版を見る限
りは、やっぱ中国側の言い分は「イチャモン」以外の何物でもない。

以前の徒然にも書いたが、法律や国際条約の解釈ってのは、正に「重箱の隅をつつく」
ような作業である。さらに、「友好」というのは、自分の立場と相手の立場を半々に考え
なければならないが、「外交」というのは、基本的に100%自国の利益を主張することで
ある。つまりり「お人よし」では、国際社会における外交戦争では生きていけないワケで
あって、その意味では、自国のことしか考えていない中国や南北朝鮮の外交姿勢という
のは、非常に正しいとも言える。要は相手は外交しているのに、日本政府だけが友好を
しているのだ。

「ワガママ」を言わせりゃ世界一のパチ嫁と、「屁理屈」を言わせりゃ天下一のワタシが
タッグを組み、そしてドスの利いた顔のパチKを前面に出し、後方支援としてダン隊長を
要して外交に臨めば、一発で領土問題なんか解決するんじゃないだろうか?(笑)



■平成17年5月24 日  「フゥ〜♪」

イヤイヤ、着々と進んでいるナイフラの全面改装工事だが、以前にもお知らせした通り、
マジで素晴しい出来栄えである! 既に外装はほぼ仕上がっており、あとは各階の内装
工事を残すのみとなっているわけだが、いかんせん、設計はダン隊長、それから工事も
ダン隊長、ついでに現場監督もダン隊長、つまりぜーんぶダン隊長1人でやっている為、
完成までには、もうしばらく時間がかかる見込みである。

・・・・・・な〜んて書いたら、「オイオイ、ほな、アンタとチョコ女史は何をやってんの?」と
思われた方も大勢いらっしゃることであろう。 無論、我々二人にも、重大な任務がある。
それは、まだ見ることができない皆さんに代わって、「うひゃ〜〜ぁ、すんげカッチョエエ
やんけ〜〜〜ぇ!」とか、「おおおおおお! こんな機能が付いているんだぁ!」等など、
イチイチ驚嘆の声を上げながら、ダン隊長を応援することである!(笑) ま、とりあえず
皆さん、もう少しのご辛抱&ご期待くだされ!

さてさて、話はコロっと変わるのだが、皆さん、「ハードゲイ」って知ってます?(笑) 毎週
土曜日の午後7時から、TBS系で放映されている「爆笑問題のバク!」という番組の中
に出てくる吉本所属の若手芸人「レイザーラモン住谷」のことなのだが、知人からこの彼
のことを教えてもらって以来、ワタシとチョコ女史は、もう「日韓翻訳掲示板」なんざ目じゃ
ないくらい、ハマりまくっているのである!(笑)

恐らく、ご存じない方も大勢いらっしゃると思うので、とりあえず先に彼の勇姿をご覧頂き
たい。(画面をクリック


         
                     画面をクリック


いかがっすかぁ?(爆)  いや、別にワタシは「その気」があるワケではないが、みょーに
このノリってのが好きなのだ。ご存知のように、「ゲイ(gay)」という単語の本来の意味は、
「陽気な」とか「快活な」ってことであり、まさにレイザーラモン住谷は、本来の意味通りに
実践しているワケである。

イヤイヤ、男のクセに細かいことでウジウジとしてい奴より、ハードゲイのようにノリノリの
男の方が、一緒にいて絶対に楽しいと思う。(繰り返して言うが、私は絶対に “その気”
はない) 

 てなことで、みなさーん、今日も元気よく、お仕事ガンバって・・・・・


        フゥ〜♪



■平成17年5月26 日  「精神年齢」

知人から、ちょいと面白いサイトを教えてもらった。30個の質問に答えると、精神年齢を
鑑定してくれるサイトである。(笑)


    りゅうりゅうの精神年齢鑑定  http://www.ryu2world.com/seiframe.html


もちろん、科学的な根拠なんざないんだろうが、こーゆーのは小難しいことを考えながら
やるもんじゃない・・・・・・ってなワケで、早速やってみたところ、以下のような結果と鑑定
されてしまった。

          ●精神年齢             47才
          ●実際との年齢差       +5歳
          ●幼稚度              24%
          ●大人度              68%
          ●ご老人度             61%


そして、「お友達になれそうな人」は・・・・・・・・・金八先生だった・・・・・・・・OTL



■平成17年5月28日  「ミエミエ」

以前、ちょいとしたオモシロイ光景に出くわしたことがある。知人が経営する会社の宴会
に招待された時のことなのだが、学生アルバイトのA君と若手社員のB子さんが、口論
を始め出したのである。

A君は現役で東大に合格した秀才である。 一方、B子さんは地元の高校を卒業した後、
すぐに知人の会社で働きだし、もう3年目に入ったこともあり、若手の中では抜群に仕事
ができる女性であった。

二人とも年齢が近いこともあり、最初のウチは和気藹々と飲んでいたのだが、B子さんの
何気ない一言が発端となり、激しいバトルが始ってしまったのである。偶然にも、ワタシは
彼らの隣に座っていたこともあり、この歴史的瞬間?をバッチリと目撃しまった。

で、そのB子さんが口にした「何気ない一言」ってのは何だったかと言うと、「え〜〜っ?
東大生なのに知らないのぉ? うそ〜〜ぉ!」というセリフであった。 冷静に考えれば、
東大生にだって知らないことくらい、山ほどあるワケであり、どちらかというと、このセリフ
を口にしたB子さんの方が無知であることは、誰の目から見ても明らかなのだが、実は
この言葉ほど、東大生のプライドを傷つける言葉はないらしい。(笑) 案の定、A君の顔
は見る見るうちに強張り、一瞬にして彼は怒りの頂点に達してしまったのである。

ワタシ自身、通訳仲間と一緒に飲みに行っていて、この手の光景に出会ったことが多々
あったりなんかする。 通訳に対する世間一般人の大きな誤解として「通訳の人は英語
がペラペラで、どんな単語でも知っている」というのがある。 もちろん前半部分の「英語
がペラペラで」というところは間違えてはいない。ところが後半の「どんな単語でも知って
いる」というは、大きな間違いなのである。

例えば、我々日本人の大半は、確かに日本語がペラペラである。 んじゃ、国語辞典に載
っている言葉をすべて知っているかと言えば、んなもん半分も知ってりゃ大したモンだ。
これとまったく同じで、通訳が知っている単語なんざぁ、各自の専門分野を除けば、たか
だか知れているのである。

ところが、やっぱ一般人の中には、先ほどのB子さんと同じように、「通訳のくせに、そん
な単語も知らないんですかぁ??」と、真顔で言ってくる人がいるのである。(笑) これに
ぴくぴくっと反応してしまう通訳ってのが、意外と多いのだなぁ、これが。(笑)


で、ワタシの場合はどうかというと、このセリフを言われたら、「ぜーんぜん知りまへん♪」
と、ニコニコしながらバカ正直に答えている。 別にこれでプライドが傷つくことはないし、
逆に新しい「トレビア」がまた1つ増えることになるわけだから、実に喜ばしいことなので
ある。

実は先日も友人と電話で話していて、彼が突然、「 なぁなぁ、“ポイントセット型米国人”
ってのは、英語で何て言うんだぁ? やっぱ “ Pintset-type American” かぁ?」と聞いて
きたのである。 「んなもん、知らん!」・・・・・ワタシの返事は実に早かった!(笑)

いや、マジで「ポイントセット型米国人」なる単語は、42年間の人生の中で、一度も聞い
たことがなかったのである。で、知人にその意味を聞いたところ、ポイントセットってのは
19世紀のアメリカ外交官の名前だそうで、意味としては、「迫害されている外人さんに、
善意のポーズを取りながら、心の奥では自分の欲望を満たそうとしているアメリカ人」と
いうことらしい。 この説明を聞いて、思わず「要は “two-faced person(裏表のある人)”
ってことかい?」と聞いてしまった。(笑)

まぁ、友人の場合、「そんなことも知らないのか?」とは言わなかったが、仮に言われたと
しても、「じぇーんじぇん知らん。まったく知らん!」と笑いながら答えたことであろう。(笑)

以前、この徒然で「プライド」についてい書いたことがある。要するに。「プライド」ってのは
日本語では「自尊心」という意味であり、自分が自分に対して、どれだけ誇りを持っている
かなので、他人から傷つけられることはない。実際に、人が「プライドが傷つけられた!」
と騒いでいるのは、自尊心ではなく、虚栄心・・・つまりミエの部分であるという内容の話
である。 ワタシの場合、友人との会話や飲み屋での見知らぬオヤジとお会話の中で、
ミエを張るなんて発想は一切ないので、別に腹なんざぁ立たないというワケだ。

ワタシがミエを張る唯一の場面・・・・・・それは・・・・・帽子とサングラスを選んでいる時で
ある! ワタシは頭がデカイ。 実にデカイ! それゆえに顔もデカイ。 実にデカイ!!
そのせいか、帽子やサングラスが異常に似合わない。どんなにデカイ帽子をかぶっても、
ヨハネ・パウロのようになってしまうし、どんな巨大なサングラスをかけても、ジョン・レノン
のようになってしまい、周囲の爆笑をかってしまうのである。

従って、帽子やサングラスを選ぶ時には、人気がないのを見計らって素早くと試着して、
そしてサッと元の場所に戻してしまう。サングラスも同様である。こんなことでミエを張っ
てもしかたがないのだが・・・・・・。



■平成17年5月29日  「趣味と平和」

英語に「There is no accounting for taste.」という諺がある。 直訳すれば「人の趣味って
のは説明できない」という意味で、通常は「蓼(たで)食う虫も好き好き」と訳されている。

実際、他人の趣味ってのは理解しにくい時が多々あり、「なぜこんな美女とアイツが・・・」
なんてケースは日常茶飯事である。実を言うと、私の女性の好みってのも、かなり他人
には理解しがたい部分があるようで、いつも「オマエの好み、ちょっとヘンやで」と言われ
てしまうのである。

んじゃ、その「ヘンな好み」とはどんな感じかと言うと、例えば、ワタシは度のキツイ眼鏡
をかけている女性ってのが、わりと好きなのある。(笑)  最近では、たいていの女性は
近眼であればコンタクトをしていると思うが、そんな人が自宅でメガネをかけて寛いでる
姿に、思わず惚れ惚れしてしまう。(やっぱ、これって変態?)

他にも、このIT全盛期のご時世に、携帯電話を持っていない女性なんか、もうイチコロで
ある。それだけで、「この人は、きっと純粋な人なんだ!」と思い込んでしまうのである。

あとは、大食いの女性も大好きだ。もう太っていようがナンだろうが、そんなこたぁ〜関係
ない。 時々、本当に幸せそうな顔をして食べている女性がいるが、あの姿は実に美しい
と思うワケである。

で、これらの傾向を自分なりに分析してみると、結局ワタシは「意外性」というのに弱いん
じゃないかと思った。 女性がメガネではなくコンタクトをしているのも、携帯電話を持って
いるのも、またダイエットを考えて食事を控えるのも、すべてゴクゴク普通のことである。
しかし、ワタシの場合、その普通のことってのに対しては、それほど魅力を感じないので
ある。

まぁ、世の中の男性の趣味が、すべて同じだったら、1人の女性を巡って、熾烈な戦いが
行なわれるところなのだろうが、みーんなそれぞれ微妙に趣味が違うからこそ、なんとか
平和な生活が送れるのかもしれないし、均等に幸せを掴むチャンスがあるのかもしれな
いよなぁ・・・・などと、無理やり結論じみたことを書いたのは、もう眠たくなってきたからで
ある。(笑)



■平成17年5月31日  「脱・先入観」

多かれ少なかれ、人は誰でも「先入観」ってのを持っている。中でも、30代〜40代の男性
に対する先入観ってのは、もはや「偏見」に近いモンがあるんじゃないかと思う時がある。
イヤイヤ、実際、この年代の男性ってのは、すんげー住みにくい世の中になっているの
である。

例えば、ワタシ(42歳)が18歳くらいの女性とレストランで食事をしていたとする。 すると、
「援助交際」に見られてしまう可能性が大である。 んじゃ、小学生と一緒なら問題はない
のかというと、今度は「少女誘拐事件」に見られてしまうワケである。(笑) 以下、同年代
の女性と一緒だと「不倫の図」になり、50代の女性と一緒だと、胡散臭いセールスマンに
見られ、お年寄りと一緒だと「詐欺師」の図になるわけである。

特に小学生の問題ってのはかなり深刻ならしく、同じ40代の友人(セールスマン)の話に
よると、最近じゃヘタに小学生に道を尋ねたりなんかすると、即効で「不審者」扱いされて
しまうそうである。

                           ★

ワタシ自身、まったく「その気」はないのだが、アメリカに出稼ぎに行った際、1人でBAR
で飲んでいると、やたら地元のゲイから声をかけられることが多い。見た目にゲイと解る
人ならば、こちらもそれなりの対処方法があるのだが、たまたま隣に座った、ごくごく普通
の紳士が、ごく普通の格好で、ごく自然な話題で話しかけてくれば、そりゃこっちとしても
返事の1つくらいはする。ところが、ある程度、時間が経過したところで、必ずその紳士が
突然に重大な告白をしてくるのである。

                   I'm not straight..........

上記のセリフを、「私はストレートじゃない」とか「私は誠実ではない」と訳してイケナイ!
確かに straight という単語には「直線の」とか「誠実な」というのが基本的な意味ではあ
るが、他にも「非同性愛者」という意味があるのだ。つまり、上記のセリフの正しい意味は
「私は非同性愛者ではない」・・・・・即ち「私はゲイである」という意味なのである。

ついでに正直に告白しちまうと、アメリカに限らず、ワタシは日本でも何故かオカマさん
からミョーに人気がある。(爆) あ、もちろん、一度も彼らと「不適切な関係」になったこと
はない。(笑)  で、一度、オカマさんに理由を尋ねてみたところ、「色が白いから」という
ことであった。 確かにワタシは「世界で最もビーチが似合わない男」として有名なほど、
色が白い。(単に外出が嫌いなだけなのだが・・・・)

それ以来、街中で色白の男性を見かけると、「コイツは絶対にオカマさんに誘われたこと
があるはずだ!」と思ってしまう。これもまた「先入観」の1つであろう。

ところで以前からスゲー不思議に思っていたのだが、なぜ「先入観」という言葉はあるの
に、「後入観」という言葉はないのであろうか? 「第一印象」に対して「第二印象」がある
ように、「先入観」に対して「後入観」ってのがあってもイイと思うのだが、実際にはない。
どちらかというと否定的な意味合いの強い「先入観」という言葉に対抗して、ぜひ肯定的
であり、また客観的な観察をした後のイメージの「後入観」って言葉も創り、普及させたい
と考えている今日此の頃である。



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